――というところで、そこに、どう考えても廊下で様子を窺っていたとしか思えないタイミングで、星矢と紫龍が部屋の中に飛び込んできたのである。 「わーっっ! ちょっと待てっ! 氷河っ、おまえ、わかってんのかっ !? ここは俺んちだぞっ!」 「瞬っ! おまえまで何だ!」 「え?」 闖入してきた部屋の主たちの声に、かなり鈍い反応を示しながら、瞬はその場に自分の身体を起こした。 「あ、僕、氷河の目を見てるうちにぼーっとなっちゃって……」 「ぼーっと……って、瞬〜;;」 まだ半分以上夢見心地の瞬を責めても始まらない。 星矢は、攻撃の矛先を氷河に向けた。 「氷河、おまえ、色仕掛けなんて卑怯だぞっ !! 」 「貴様等、なんて気の利かない奴等なんだ。常識がないぞ、こんなところに水を差すなんて」 「常識がないのはどっちだっ !! 」 紫龍は紫龍で、瞬の目を覚まさせようと必死である。 「瞬、正気になれ! 常識で考えろ。ここがどこかわかっているのか?」 「あ……」 超の字が付くほど現実的な紫龍の口調に、瞬は瞬なりの“常識”を取り戻したようだった。 自分のすぐ脇で、星矢たちの無粋に憮然としている氷河に、恐る恐る声をかける。 「あ……僕、あの、そういうのは……」 「ああ、済まん。こんなところでコトに及ぼうとした俺が悪かった」 「そうじゃなくて、ぼ…僕、こ…こういうことは……」 「こういうことは?」 氷河にそう尋ね返された瞬は、その先を言葉にすることができなかった。したくなかった――のだ。 「…う…ううん、なんでも……」 星矢と紫龍は、恥ずかしそうに睫を伏せてしまった瞬に、思い切り不安になってしまったのである。 「瞬、冷静になれよー;; 氷河は悪党だ! 悪い奴じゃないけど、悪党なのに変わりはない! そんな奴に振り回されてたら、ろくなことにならないぞ!」 「星矢、どうしてそんなひどいこと言うの。氷河は星矢の友だちでしょう?」 「だ…駄目だ、こりゃ」 「瞬、耐えろよ、せめて一ヶ月! それより先に陥落したら、氷河はつけあがるだけだ」 「で……でも……」 星矢と紫龍の忠告はほぼ無効、だった。 瞬が、ちらりと氷河に視線を走らせてから、友人の忠告に従えそうにない自分に罪悪感を感じてか、一層深く顔を伏せる。 「駄目だ、氷河の目を見るなって! こいつ、真剣に本気だから、危険だ! おまえなんか、すぐにほだされちまう!」 「え? で……でも、人を見る時に、目以外のどこを見ればいいの?」 「…………」 瞬のその含意のない言葉を聞いて、星矢と紫龍は、瞬に“冷静に”なってもらうことを、苦渋の思いで諦めたのである。 瞳を見詰めて人の真実を知る瞬は、最初からわかっていたのかもしれない。 氷河の、世を拗ねて見せる“振り”こそが“振り”なのだということを。 孤独な魂と嘯いてみせるその態度が、本当に孤独なことを隠すための強がりなのだということも。 「氷河。おまえ、瞬を騙してたんじゃなく、俺たちを騙してたんだな」 みんなの瞬が、誰か一人だけの瞬になってしまったことを、自分たちがその片棒を担いでしまっていたのだということを、星矢と紫龍は今になって初めて知った。 Fin.
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