「そういえば……」

氷河王子がその噂を聞いたのは、北の国から遠く離れたエチオピアという国の港町でした。

「アンドロメダ島というところに、めちゃくちゃ可愛い男の子がいると聞いたことがあるぞ」
「へー、本当ならいいんだが」

南国の強い太陽の光に、北国育ちの氷河王子のアタマはうだっていました。
3年間の旅の経験で、泥棒もスリも強盗も美人局もぼったくりも恐くなくなっていた氷河王子は、けれど、暑さにだけはいつまで経っても勝つことができないでいたのです。

氷河王子が、だめもとでエチオピアの国の都に行くと、町はその“めちゃくちゃ可愛い男の子”の噂でもちきりでした。


「イオ王子が、海岸でスキュラとかいう怪物に襲われてアンドロメダ島に流れ着いた時に、その子に命を助けられたんだとさ。王子はその子に一目惚れしたらしい。ところが、その可愛子ちゃん、自分には心に決めた人がいますからとか言って、王子を拒んでいるらしいぜ」

「王子様もねー、なにも好きな相手がいるって子を無理に自分のものにしようとすることはないだろうにねぇ」 
「しかも、その子――瞬とか言ったっけ? 男の子なんだろ?」
「そうなんだよな。俺、時々、アンドロメダ島に行商に行くんだけど、そりゃあ可愛くて優しい男の子でさ、あの子があの我儘王子の家来に連れ去られた時には、島中の人間が泣いてたよ」
「瞬ちゃん、かわいそうだよね〜。お城に召される時にちょっと見たけど、ほんとにえらく可愛い子だったよ。あれが好色王子の餌食になるのかと思うと、あたしゃ、哀れをもよおしたよ」

「瞬ちゃんの恋人はどうしてるんだろうねぇ。どっかで泣き暮らしているのかねぇ」
「いや、それが、実は、瞬ちゃんの好きな相手は娘じゃなくて男だって説もあって……」
「そんなら、どーして助けに来ないんだよ! 娘ならともかく、男が恋人を奪われて泣き寝入りしてるのかい !?  情けないねぇー。相手が王子だろうが王様だろうが、瞬ちゃんを連れて逃げればいいじゃないか!」

――等々。



(瞬だ…… !! )

苦節3年、氷河王子はついに瞬を見付けたのです!

氷河王子は、暑さなどすぐに忘れてしまいました。
灼熱の太陽も、瞬を思う氷河王子の熱い心の敵ではありませんでした。

町の噂を聞いた限りでは、事態は切迫し、悠長に構えていられる状況ではなさそうです。
聞けば瞬は、都の中央にある王城の高い塔の中に閉じ込められているとか。
王様とか王子様とかいう高貴な生まれの方々は、洋の東西、国の南北を問わず、煙と同じで高い所が好きなようでした。


それはともかく、氷河王子は、翌早朝、早速エチオピア王国の城に忍び込みました。
3年間の苦労旅で、氷河王子は世の中というものを熟知していましたから、無駄もしなければ、危険も冒しません。
氷河王子は、門番に小金をつかませてあっさり城中に入り、塔の鍵を預かる兵に宝石を掴ませて、すんなり塔に侵入しました。




高い塔のいちばん上の部屋に、瞬は閉じ込められていました。






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