「瞬、氷河。何やってんだよ、こんなとこで。今夜は花火やるって言っといただろ。外、来いよ。可愛いのからでっかいのまで、山ほど買ってきたんだぜー。やっぱ、夏は花火とスイカとキンチョールだよなっ!」 いたってシリアスな空気に包まれていた音楽室のムードを一変させたのは、突然そこに闖入してきた天馬座の聖闘士だった。 水の入ったバケツを両手に抱えている。 「あ、星矢。うん、沙織さんがピアノ教えてくれるって言うから――そうだね。花火やるって言ってたね。今、行くよ」 瞬のその言葉を聞いた星矢は、一瞬きょとんとした顔になった。 そして、次に星矢の口から飛び出てきたのは、実に意外なセリフだった。 「なんだ、瞬ってピアノも弾けないのか?」 「星矢、弾けるの?」 ピアノと星矢。 それは、バナナと辛子明太子よりもはるかにミスマッチな組合わせである。 思わず瞳を見開いた瞬に、星矢はバケツを持った手で器用に胸を叩き、それからバケツを床に置くという、順序を間違えているとしか言いようのない芸当をしてみせた。 「まっかせとけ」 腕に力こぶを作って、ピアノの方に歩み寄ってくる星矢に、瞬は不審の目を向けたのである。 まさか、とは思う。 まさかとは思うのだが、しかし、星矢は過日、場所柄と状況もわきまえずに、どこぞの海の上でギターをむせび泣かせていたこともある、まさに意外性の聖闘士なのだ。 瞬は、期待半分、不安半分で、ピアノの椅子を星矢に譲った。 「耳の穴かっぽじって、よく聞けよ? おまえらのために弾いてやるから」 『おまえらのために』とあっさり言ってしまえる星矢もまた、強く幸福な人間なのかもしれない。 人は、確かに、誰もがそれぞれの胸中に、自分の幸福というものを描いて生きているもののようだった。 |