「……その不様な格好も、瞬を楽しませるためにわざとやったのか」 一輝が、皮肉混じりに氷河に尋ねる。 さすがに、氷河からの返事はなかった。 「冗談としか思えない展開だが、無防備に紫龍の拳の下に立てば、下手をすると命がないぞ。貴様、命が惜しくないのか」 「惜しい」 もし氷河が『瞬のためになら、命など惜しくない』と答えたら、一輝は彼を殴り倒すつもりだった。 まだ少しはこのバカとしか云いうのない男にも、理性的思慮というものが残っているらしい。 一輝は、少しばかり、安堵の思いを感じたのである。 「ならば、命は大切にすることだ」 瞬のために――。 言葉にしなかった言葉が氷河の耳に届いたのかどうかは、一輝にはわからなかった。 氷河はそれには何も答えずに、一輝に背を向けてその場を立ち去ったのである。 後ろから見ると、氷河の姿は更に最悪だった。 「……俺は、誇りを捨てては生きられん」 強がりでもなく負け惜しみでもなく、心底から、一輝はそう思った。 誇りを捨てるということが、他人の笑いものになることを厭わない行為であるのならば――と。 ■ 付記 ■ 翌日氷河は髪を切りに出掛け、少しは見られる格好になって戻ってきた。 瞬に、 「デビッド・ボウイみたいでカッコいいよ」 と慰められ、デビッド・ボウイがどんな男なのかも知らずに喜んでいる。 Fin.
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