「二人きりになっちゃった……」
「邪魔者がいなくていい」
「氷河、不安じゃないの」
「不安? 何故だ? おまえと二人なんだぞ」

氷河のその言葉は強がりでも何でもないらしい。
今の彼はむしろ、この実験施設に入った当初よりも健康そうな目をしていた。

「だって……こうなった訳もわからなくて、外で何が起こってるのかもわからなくて、星矢たちがいなくなったのは研究所の人たちの計画か考慮の内だったのかもしれないけど、もしかしたら外では核戦争が起きてて、生き残ってるのは僕たちだけなのかもしれないじゃない!  僕一人の力ではどうしてあげることもできないようなことが、氷河の身に起きたら、僕……」

氷河とは対照的に、瞬の方は、不安からくる疲労に支配されている。
どう考えても、瞬のそれは考え過ぎ――杞憂というものだった。

「それでも、俺は構わないぞ。おまえが消えてしまったわけじゃない」
「…………」

瞬は、無言だった。
氷河と二人きりでいる――という状況を、瞬が喜んではいないことは、誰の目にも(とはいえ、この場には氷河しかいなかったが)明らかだった。

「瞬」
「ごめんね、氷河。僕、やっぱり不安なの。氷河と一緒なのに恐いんだ」
「別に……おまえが俺と二人きりでいるのを喜べなくても、それは悪いことじゃない。多分、特殊なのは俺の方なんだろう」

「……そうじゃない。そうじゃないんだ」
「瞬……?」

瞬の不安は別のところにあった。

「ね、氷河。人間の歴史はね、人が一人では生きていけないことを悟った時に始まったんだって」

「? そういうものかもしれないな」

「早く……外、出たいね。どうせ二人でいるのなら、みんなのいるところで二人でいたいよ、僕」

「……そうだな」

氷河には、瞬の不安を形作っているものが何なのか、まるでわからなかった。


その日は、朝から晩まで、二人は一緒にいた。
夜も同じ部屋で眠った。
無論、氷河は、不安に震える瞬の肩を抱きしめてやるだけで、それ以上の行為には及ばなかったが。
ここで、そんな真似をしでかしてしまった日には、今瞬と一緒にいる男は、自分たちを観察しているはずの人間の不在を認めているのだという誤解を、瞬に与えてしまいかねなかったからである。


ただ互いのぬくもりを抱き合って眠った夜。

そして、朝。

目覚めた氷河は、自分の横に、自分が生きていくのに必要不可欠な存在がいないことに気付いた。






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