氷河と瞬が目覚めたのは、レンガ造りの建物の中だった。 どんなことになっても死ぬことはないだろうから、離れさえしなければいいと考えて、互いの手首を掴み合ったその手は誰にも引き離すことができなかったらしい。 同じ寝台の上に、二人は寝かされていた。 そこは、消えてしまったアンドロメダ島でもなければ、二人が月食観測に向かおうとしていた島でもなかった。 月の代わりに、窓からは、白いピラミッドが見えた。 (マヤの神殿ピラミッド……?) 先に目を覚ましたのは氷河だった。 窓の外の光景に驚きながら、自分の手首に絡みついているものに気付き、ふっと小さな微笑を浮かべる。 自分からほどいてしまうのが嫌で、彼は瞬の指をそのままにしておいたのだが、残念なことに、その綺麗な指の持ち主はすぐに目覚めてしまった。 一瞬ためらってから、少し照れたようにその指をほどく。 瞬は、そして、実にありきたりな言葉を口にした。 「ここ、どこ」 瞬に明確な答えを与えてやれない今の氷河には、そのありきたりさをからかうこともできなかった。 「アメリカでないことだけは確かだな。インド洋に浮かぶ島のどれか、だろう」 「でも、あのピラミッド……」 瞬の視線の先には、先ほどまで氷河が見ていた、アメリカ大陸風のピラミッドがある。 瞬は寝台を降りて、大きな窓の側に寄っていった。 この石の建物自体、アフリカやインドのそれよりも、南米のそれの方に似ている。 「南米のマヤ文明の遺跡に似ているな。ピラミッドが化粧漆喰でできている」 「南米とインド洋じゃ離れ過ぎてるよ」 「南米とエジプトで、ここまで似た建造物があるんだ、インド洋に南米に似た文明があってもおかしくはないだろう」 「氷河って、思いがけないところでアタマが柔軟だね。……僕たちを助けてくれたの、誰だろう」 「俺たちに命を救われた鶴でないことだけは確かだな」 そう言って、氷河が部屋の戸口を振り返る。 扉のないそこに、黒い肌の少女が一人立っていた。 「@*ξ♭☆£∽?」 どこか遠慮がちな口調の少女は、美しい黒い肌に古代ギリシャ風の丈の短い寛衣をまとい、その腕に太陽をイメージしたものらしい細工の入った金の腕輪を輝かせていた。 好戦的には見えない。 むしろ、その黒い瞳の奥には知性の輝きが見えた。 「何と言っているのか、皆目わからん」 「アムハラ語に少し似てる。だいたいの意味はわかるよ」 「アムハラ語? おまえ、そんな言葉が使えたのか」 アムハラ語はエチオピアでは割とポピュラーな言語――ほぼ公用語――ではあるのだが、日本語の他にはヨーロッパ語しか使えない氷河には、それは未知の言語だった。 「僕は、アムハラ語の他に、ティグレ語、オモロ語、ゲエズ語、ソマリ語、アラビア語が使えるよ」 どれも、氷河には縁のない言語である。 英語もろくに喋れないと思っていた瞬の思いがけない語学力に、氷河は大仰に感心してみせた。 「お見それしました」 「僕、氷河と違って奥床しいから自慢せずにいたんだ」 事実は、自慢する機会がなかっただけである。 「で、何て言ってるんだ」 「気がついたのか――って」 「……つまらんことを言ってるんだな」 「この場合、他にどーゆー気のきいたセリフを言えるっていうの!」 もしかしたら絶海の孤島に流れ着いてしまったのかもしれないこの一大事に、そんなことで文句を言える氷河に、瞬はあきれてしまっていた。 |