ふいに、地球の影ではないものが、欠け始めた月の姿を瞬の視界から奪う。
星空から徐々に地上へと近付いてきたそれは、瞬には見慣れた、城戸沙織の自家用ジェットヘリだった。

「氷河、瞬。こんなところにいたのか」
「おまえら、なんで喧嘩してんだよ」

ジェットヘリから降り立った仲間たちののんびりした響きの声を、沙織の怒声が蹴散らした。
「氷河っ! 瞬っ! あなたたちはいったい何をしているのっ! 痴話喧嘩には限度というものがあってしかるべきでしょうっっ !! 」

「俺たちは命懸けで闘っているが」
「ますますもって言語道断よ!」
あのドレスで仁王立ちになり、沙織は氷河を頭から怒鳴りつけた。

その迫力に圧倒されて、瞬と氷河の戦意が一瞬にして霧散する。

「どうしてここがわかったんですか」

瞬に尋ねられた沙織は、さすがに瞬を怒鳴りたくはなかったらしく、やり場のない怒りを必死に両の拳に溜めているようだった。
「世界中が今、この付近に注目してるのよ。三十六計、逃げるに如かず。早く乗りなさい!」
「は?」
「もう、わかってないわね! あなたたちの痴話喧嘩が、この島の上空で核融合を起こしたのよ! 氷河の凍気の水素核が、瞬の小宇宙のエネルギーによって大気中の酸素核に結合したらしいわ。各国の人工衛星が核反応を捉えて――おかげで世界中がパニック状態よ。どこの国が核戦争を始めたのかって!」

「…………」× 2

「今のうちに、ここを立ち去るのよ。原因がわからないし、水爆を原爆といっしょにして、この海域に近付くのをマスコミが恐がっているのが幸いしたわ。まったく、下手にウラニウムやプルトニウムがあったらどんなことになっていたか、想像するだに恐ろし――いいえ、想像したくもないわ!」

相対性理論を思い起こすに、そんな事態が起こり得るものだろうかという疑念も湧くが、現実にそういうことになっているのなら、その現実を否定することもできない。
「しかし、このまま戻ってしまっては……」
氷河は、一様に瞳を見開いて、突然空から飛来した巨大な魚と異邦人たちを見詰めている島民たちの上に視線を走らせた。
無論、氷河が気にかけているのは、島民たちのことではなく、彼等の今後を憂う瞬の方ではあったのだが。

が、瞬の中には既に打開策ができあがっていたらしい。
「沙織さん 偉そうにしててください」

言われなくても偉そうにしている沙織に、そう告げると、瞬は自分たちを取り囲んでいる島民たちのいる方へと駆け出していた。

それでなくても想像を絶する氷河と瞬の痴話喧嘩に恐怖していた島の住民は、どこからとも泣く飛来した巨大なジェットヘリに、皆腰を抜かしていたようだった。
瞬は、彼等に一言二言言葉をかけると、すぐに仲間たちの許に戻ってきた。

「何と言ってきたんだ」
「神サマが、僕たちふたりをお気に召して二人とも連れて行くことになったよって。代わりに、これからこの島に神サマは血を求めないからって」
「納得したのか」
「これから捧げる何百年分の生け贄の持つ血の力を合わせたのより、力があるように見えたんでしょ、僕たちが」

「なるほど」

それは氷河にも納得できる大団円だった。






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