氷河と瞬の引き起こした核爆発は、しばらく世間を騒然とさせていたが、全てが謎のままにその騒ぎも収束しかけていた、それから数ヶ月後のある夜。

部屋に向かおうとしていた氷河と瞬は、廊下で、
「面白いものを手に入れたの。映写室にいらっしゃい」
と、沙織に呼び止められた。

そこには紫龍や星矢も呼ばれていて、沙織は彼等に、2日前に英国で放映されたドキュメンタリー番組を見せてくれた。

それは、謎の核融合の原因を突きとめるべくインド洋に漕ぎ出した取材クルーたちが出会った未知の島――をテーマにしたドキュメンタリーで、タイトルバックには、瞬と氷河が毎日眺めていた、あの白いピラミッドが映し出されていた。

あの島は、もう、外界を知らない無垢な島ではなくなってしまったらしい。
既に『懐かしい』という感慨を覚えるほどに遠い過去の島の、ほとんど顔を合わせることもなかった人々の姿が、画面に次々と映し出されていく。

今の島民たちにとって、この白い肌の取材クルーたちは神の御使いたりえるのだろうか――などと考えながら、そのドキュメンタリーに見入っていた瞬の耳に、


『これまで人に知られていなかったこの島には、不思議な伝説があります。
島に二人の白い英雄がやってきて、この島の神殿で、夜を日に継いで交媾を続けた――という、なかなか生めかしい伝説です。しかし、ひとたび闘いの場に出ると、その二人の神の強さは世界を揺るがすほどのもので、二人はその強さ故に神に召されていった――というのです。
島民たちは、愛し合う者が何よりも強いのだという信仰の下で、ひっそりと平和な時を過ごしてきたのでしょう』

――という、レポーターの解説が入ってくる。

『何百、何千年前の伝説を、ついこの間の出来事のように語る島民たちは、今も神話の中に住んでいるのかもしれません』

その解説を聞いた氷河が、不愉快そうに、
「B○Cも無粋な番組を作るもんだな。『ひとたび闘いの場に出ると強い』じゃなく、『闘いの場で強かった』くらいのナレーションをつけられんのか」
などと、ぶつぶつ文句を言っている横で、だが、瞬は、冷静に番組の批評などしていられなかった。

「あ…あの島の人たち、どーして、知ってるのっ !?  ぼ…僕と氷河が毎晩…… !! 」

さすがの瞬にも、沙織の前でその先を言葉にすることはできなかった。

真っ赤になって、言葉を詰まらせている瞬に、氷河が含み笑いを向けてくる。
「城戸邸と違って防音設備も何もない上に、都会と違って騒音のひとつもないあの島で、毎晩あんないい声で鳴いていて、周りに聞こえないはずがないだろう」

「氷河、気付いてたのっ !? 」
「言うとおまえが拒むからな」

事もなげに頷いてみせる氷河に、瞬は眉を吊り上げた。
「……あの時の決着をつけようか」

「俺に勝てると思ってるのか」
「氷河、自惚れが強いね」

互いに不敵な笑みを投げかけあって映写室を出ていく氷河と瞬に、沙織は慌てふためいた。
「せ…星矢、紫龍、氷河と瞬を止めなさい! こんなところで核融合なんて起こされたら、たまったもんじゃないわっ!」

が、紫龍と星矢は、沙織の命令に従おうとはしなかった。
彼らは、命を懸けた闘いを共に乗り越えてきた仲間のすることを、すっかり見通していたのである。

「あー…、沙織さん、非常に言いにくいのですが、奴等の向かった決戦の場は、瞬の部屋で」
「え?」
「もう12時をまわってるし、沙織さんに呼ばれなかったら、とっくの昔に戦闘態勢に入ってた時間だもんな、あいつら」 

「〜〜〜〜っっっ !!!!!! 」

『あの二人はそれしかアタマにないのかーっっっ !!!! 』

――と叫ぶことが許されるのなら、沙織はそうしていたに違いない。
その叫びを沙織にかろうじて堪えさせたのは、彼女のアテナとしてのプライドだった――ろう。
間違っても、独り者の強がりなどであったはずはない。


「愛し合ってる者がいちばん強いそうですから」
「誰もあの二人には敵わないよなー」
「勝ちたくもないが」

苦笑いを浮かべながら、彼女の聖闘士たちがぼやく。

「何を言っているのっ! 愛っていうのはそーゆーものじゃないでしょう! 愛し合うという行為は、心から発して、知性と理性で互いを理解し合い、高め合い……」

「性的充足が得られないと、人間は往々にしてヒステリー症状を呈し、知的思考も理性的思慮もへったくれもない状態に陥ることが多いようですから」

紫龍は一言多かった。
沙織が理性で無理に押し殺していた怒りが、理性の制御をぶち破って爆発する。


「わ…私が欲求不満でヒステリーを起こしているとでも言いたいの、あなた方はーっっっ !!!! 」

アテナ(のヒステリー)は、おそらく、南の島に伝わる白い英雄よりも強大な力を有している。


その夜、城戸邸上空で、謎の核分裂が起こり、平和に慣れきっていた日本人社会を震撼させた。






【back】