山に分け入ったその瞬間から、ヒョウガとシュンは、辺りが不思議な力に包まれているような気配を感じてはいたのである。

それは、冬に差しかかっているというのに緑のままの常緑樹が作り出す濃密な空気のせいだったかもしれない。

あるいはやはり、魔の山から西に進むことのできない魔の力が、そこには充満しているのかもしれなかった。
人間社会に都合良く作り変えられた神のシステムに慣れた西欧の人間なら、確かに、この山は足を踏み入れたくない場所だったろう。
魔の気配に慣れているはずのシュンですら、少しばかりの息苦しさを感じずにはいられなかった。


西欧とワラキアの間を繋ぐ早馬くらいしか通ったことがないのではないかと思われる獣道にも似た山路を、ヒョウガとシュンは西に向かって静かに急いだ。
西欧の人間が魔の山を恐れるように、トルコ軍もここには気軽に足を踏み入れることはできないだろう。

敵に命を奪われる危険はない場所。
しかし、その安全には、『魔に取り込まれさえしなければ』という条件がつく――のだ。


1日目は、それでもすべてが予定通りだったが、2日目の昼に天候が変わった。
それまで、高い木々に遮られていたとはいえ、その隙間をぬって射し込んできていた陽光が途切れ、よりにもよってその日、魔の山は今年最初の雪を迎えたのである。


魔の山の初雪は、そのまま吹雪になった。






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