二人が吹雪を逃れたのは、馬の通れる道からは少し外れたところにある、奥の深い洞窟だった。
そこを見つけたのはシュンだったが、シュンはそこを自分に教えてくれたのが、いつも自分に付きまとっている魔性のものだということはわかっていた。

雪を避けるのには具合いも良く、石の天井まではそれなりの高さもあって、火を起こすにも不都合はない。
しかし、夏でも涼しい魔の山に訪れた冬は、身体の芯まで凍りつかせるような寒気を洞窟の中にまで充満させていた。

「お寒いでしょうが、雪がやむまでご辛抱ください」

火を起こし、周囲から掻き集めてきた枯れ草の上に皮の敷き物を敷いた上にシュンを座らせると、ヒョウガはシュンの肩に上着を一枚重ねてきた。

「大丈夫です」

そう答える肩が震えている。

例年より半月も早い雪。
予測できないことだったのだということは、シュンにもわかっていた。

だが、そんなシュンの上に、突然、半月早い雪よりも予測できないことが降ってきたのである。

「公子、ご無礼、お許しください」
「え」

ヒョウガが、ふいに、シュンの肩を抱きしめてきたのだ。

シュンは驚きよりも戸惑いに支配され、それから、やがて、その両方を忘れた。
宿の部屋では頼んでも抱きしめてくれなかったのに、こういう場所でなら、主君の凍死を妨げるためという大義名分も立つということなのだろうか。

理由は、だが、どうでもよかった。
数年振りに触れるヒョウガの腕と胸と温もり。
懐かしささえ感じて、シュンは、ヒョウガの胸で目を閉じた。

だが、シュンはそれで気持ちが安らぐどころか、逆に胸の鼓動が早まってきてしまったのである。
とくとくと音がするほど高まる心臓の音がヒョウガに聞こえはしないかと、シュンは心配になってきた。

そっとヒョウガの顔を見上げると、まるで何かを耐えているように、ヒョウガもまた目を閉じている。

二人の鼓動が重なっていくのが、シュンにはわかった。

(重なって? ヒョウガの心臓も早い? どうして?)

そんなことがあるはずがない。
不審に思ったシュンは、ヒョウガの名を呼んでみた。

「ヒョウガ……?」


シュンに名を呼ばれると、ヒョウガはひどく緩慢な動作で、シュンの上に視線を運んできた。

そこにあったのは、シュンが12、3歳の頃よく見た色の瞳だった。
シュンは、そこに、見詰められていると胸の熱くなる、あの懐かしい眼差しを見た――ような気がした。

母と2つ年上の幼馴染みが自分の側にいてくれた、あの幸福だった頃に戻ったような錯覚に捉われて、シュンは目眩いを覚えた。


ヒョウガが、ふいにその身体で瞬の膝を割り、無言でシュンを抱きしめてくる。

「あ……」

ヒョウガの唇は苦い鉄の味――血の味――がした。






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