魔の山は吹雪に包まれていた。 昼でも、そして、晴れていても陽の射し込まない洞窟の奥では、ヒョウガの起こした火だけが燃えて、その炎が揺れている。 「ああ……!」 シュン自身にも、もうずっと洞窟の内に木霊しているそれが、自分の喘ぎなのか、雪を散らす風の音なのかの判別ができていなかった。 土と草の上に毛皮を敷いただけの硬い寝床で、衣服はすべて剥ぎ取られてしまったというのに、シュンは寒さを感じていなかった。 それでなくても白いシュンの肌が、炎の影に揺れ、薄闇に淡く浮き上がっている。 シュンが浅黒い肌の男に組み敷かれている様を、何も知らずに魔の山に迷い込んだ者が見てしまったなら、白い花の精がたくましい樹木の魔に力づくで犯されているのだと思い込んでいたかもしれない。 シュンからは時間の感覚が失われてしまっていた。 ヒョウガに触れられるたび、触れられた場所のすべてに火が点るような錯覚を覚える。 ヒョウガの指や唇に、自分の肌がどれだけの間そうして温められていたのか、今のシュンにはまるでわかっていなかった。 それは、長い時間だったような気もするが、ほんの数刻だけのような気もした。 シュンの身体と意思は、ヒョウガの手と唇と肌に温められ、和らげられ、溶かされ、無防備な幼な子と同じ体ていにさせられていた。 ヒョウガは先ほどからずっと、そんなシュンの、開かせた脚の内側に執拗に舌と唇を這わせている。 それは最初は愛撫だったのだが、今では嬲っているのと大差なく、シュンは苦しさのあまり、激しく喘ぎ続けていた。 本当に触れて欲しいところをヒョウガの金色の髪が掠めていくだけの状態に、シュンは気が狂いそうになっていたのだ。 だが、シュンは、言葉でヒョウガに何を求めればいいのかがわからなかったのである。 何をすればその苦しみから逃れられるのかがわからず、シュンは、自分を焦らし続けているヒョウガの髪に手を伸ばしかけた。 だが、その手が動かない。 シュンは、その時になって初めて気付いた。 何か、まるで植物の蔓のようなものが、シュンの手脚に絡みついてきていた。 ヒョウガに触れられて、自分から開いてしまったのだと思っていた身体が――確かに最初はそうだったのだろうが――今は、その幾本もの蔓によって縛りあげられ、固定され、自由を奪われている。 手首や足首だけではない。 それは、シュンの指や髪にまで絡みついていた。 シュンが気付かずにいたのは、ヒョウガの舌と唇の熱に感覚のほとんどを奪われていたためでもあったが、その植物の触手のようなものがヒョウガの体温と同じ熱を持ち、感触も肌のそれに酷似していたからだった。 無数のそれが、ヒョウガの唇の触れた跡を辿るように、シュンの唇や首筋に、耳に、肩に、腕に、胸に、腹部に、そして、腿も脚にも、ヒョウガの舌と同じように絡みついてくる。 それは、今ヒョウガが愛している部分にも、ヒョウガが一向に触れてくれないところにまで、ヒョウガのもう一つの手のように絡みつこうとして蠢いていた。 シュンは、恐怖のあまり悲鳴をあげた――はずだった。 だが、それは声にはならなかったのである。 シュンに悲鳴をあげさせなかったものは、あろうことか、シュン自身の喘ぎだった。 シュンは気付くのが遅すぎたのである。 今、自分を抱いている“もの”がヒョウガではないことに。 それは、この十数年間、自分につきまとっていた魔の力を持つもの――だった。 しかし、ヒョウガでないとわかっても、ヒョウガと信じて預けてしまった身体はすでに熱くたぎってしまっている。 たとえ手足の自由が奪われていなかったとしても、シュンには、自分を抱きしめているものを引き剥がすことはできなかったかもしれない。 シュンから自由を奪っているのは、シュンに絡みつきシュンの肌を刺激してくる、その細い生きものではなかったのだ。 自分が今置かれている状況に嫌悪感を抱くことすら、シュンにはできなかった。 ただ、どうしようもなく、身体の芯が疼く。 身体の奥に、熱い溶岩の塊りのようにどろどろした熱いものがあって、それが何かを欲しいと訴えてくる。 シュンは、もうどうしていいのかわからなかった。 |