気がつくと、本当の夜が来ていた――らしい。

身体の奥に埋み火が残っているような感覚に、シュンは意識を取り戻した。

いつのまにか衣服は整えられ、あれだけの時が経ったのなら消えてしまっていいはずの火も赤々と燃えて、魔の山の洞窟の空気を陽炎のように揺らしている。

「……ヒョウガ」

自分の寝顔をずっと見詰めていたらしい気遣わしげな顔の男の名を、シュンは口にした。
あれが夢などではないということを、確かめる言葉をもらえると信じて。

「公子、お気がつかれましたか」

もちろん、それは夢などではなく、ヒョウガはすぐにシュンの期待に沿う言葉をくれた。
「――申し訳ございません。もう、あのようなことは決していたしません」
と。

魔に蹂躙されていた時にも、ヒョウガと身体を交わらせていた時にすら零れることのなかった涙に支配されそうになったシュンは、慌てて瞳を見開いてその事態を回避した。


ヒョウガは、シュンに仕える騎士に戻ってしまっている。
そんな彼に、シュンもまた彼の主人として接するしかなかった。

「どうして?」

「一昨晩、あのものが――魔の山に巣食う魔について、私に知らせてきたのです。自分はずっと公子を守ってきたものだと言って、ヒトの肉体があれば、魔の力をもっと発揮することができ、公子を魔の山の魔の力から守れるのだと――。よもや、あの魔があのようなことを考えているとは思わず、私は――」
「身体を貸すことに同意したの」
「はい、申し訳ありません」

「…………」

シュンはヒョウガの無思慮に憤りなど感じてはいなかった。
シュンを憤らせているものは――否、落胆させたものは、そんなことではなかった。

「ヒョウガでないものに守られて生き延びるくらいなら、ヒョウガに守られて死んだ方がずっとましです」
「公子を死なせるわけにはまいりません。私の力が及ばないのであれば、他の力を借りてでも……」
「そんなものは不要です……!」
「……公子」

その強い口調に、ヒョウガよりもシュン自身が驚いていた。
もう一度、涙を喉の奥に押しやって、今度は瞼を伏せ、力なく告げる。

「……ごめんなさい。僕のためにあんなことさせて……」


ヒョウガが何か言いたげな目になるのを見てとって、シュンは固く目を閉じた。






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