「どうも、君たちの考えることは理解できないな。気持ち良かっただろう? 私が彼から手を引いた後、自分たちが何度交わったか憶えているか? 君たちが、君たちの意思で交わったんだぞ」

シュンの気持ちを慮ってか、ヒョウガは間もなく、火にくべるものを探してくると言って、洞窟を出て行った。
まるでその時を待っていたかのように、自分のしたことに罪悪感も抱いていない顔をしたアフロディーテがシュンの前に姿を現した。

魔はいつも長髪の若い男の姿で現れるが、実体は別のところにあるのだという説明を、シュンは受けていた。

「つまり、あの騎士様はずーっと我慢してたわけさ」

「…………」

「君だって本当はずっと待ってたんだ。呆れたよ、ワラキア公国の聖なる公子様の痴態には」

シュンは泣きたかった。
確かにそれは、肉親を失ったばかりの人間がさらしていい醜態ではない。

だが、それは、おそらく近親者を亡くしたばかりだったからこそのことだったのだ。
死を身近に感じたばかりだったからこそ。

自分を他人に委ね、自分自身を殺して他者と一つに溶け合い、また“二人”というものになって、自身の生を感じる――。
あれは、そういう儀式なのだから。


「もうしないって」
「また我慢大会を始めるのか」
「…………」

「抱いてもいいと言ってやればいい」
「ヒョウガは命令だと思う。命令だから従う」
「役得な命令だと思うが」


「僕はそんなのは嫌だ。ヒョウガは僕の従者じゃなく、僕はヒョウガの主じゃなく――僕は、子供の頃みたいに、ヒョウガに優しくして欲しいの。ヒョウガに優しくしてあげたいの。僕は……そんなふうでなきゃ……側にだっていてほしくない……」

「そうは言ってもね。人は誰かを愛したら、その時からその人の奴隷だよ」
「わかったような口きかないで。ほんとに誰かを好きになったこともないくせに」

「そうだったかな……。少なくとも、この10年、私は君だけを見てきたが」


そう言って、アフロディーテが瞬の頬に手を伸ばしてくる。
実体はここにはないというものに触れられようがどうしようが構わないと思っているシュンは、そんな時にはいつも空気に触れられているようなものだと思って、気にしないことにしていた。






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