「ば……馬鹿馬鹿しい! 私はダシに使われたのかっ!」

二人のラブシーンを見せつけられる羽目になったアフロディーテは、思い切り気分を害したらしく、捨て台詞を残して煙のように姿を消してしまった。

それが人間ではないものだという事実を改めて見ることになって、ヒョウガが僅かに瞳を見開く。

「シュン、あれはいったい……」
「あ、彼はね、アフロディーテっていって、もう10年以上僕につきまとってる魔なの。信じられる? あんな顔しててバラの精なんだって」

「バラの――花の精? あれが?」
「うん。僕が子供の頃に、母君のバラ園にとても綺麗なバラが咲いてたの。アフロがね、それを取って行こうとするから、僕、止めたの。でも、どうしても欲しいって言うから、じゃあじゃんけんで決めようってことになって、アフロはパーを出して僕に負けたんだ」

「……パーで」
何か一言言いたい気分になったのだが、ヒョウガはあえて、その件についてコメントすることを避けた。

「で、アフロは、誰かに負けたのはこれが初めてだって怒りだして、それからずっと僕を負かすためにつきまとってるの」
「は……」
これに関しては、呆れてコメントのしようもない。

「アフロの方が僕より頭がいいとか、綺麗だとか、何度も言ってあげたんだけど、納得してくれないんだ」
「じゃあ……奴はこれからもずっとシュンにつきまとい続けるのか」
「隙を見せなければ平気。彼は、心の隙につけ込んで身体を操ることくらいしかできないの。もちろん、心を委ねると契約するなら話は別みたいだけど、ヒョウガはそんなこと、もうしないですよね」

「俺の心は――もうずっと以前に……」

その言葉の先を、聞く前に察して、シュンはほのかに頬を上気させた。

「気にしなければ、害にはなりません。僕、もう、かれこれ10年もアフロと付き合ってるけど、大した力のない魔だから、口をきけるネズミを飼っているようなものと思っていればいいと思うの」
「…………」

憑依すれば思いのままに人間を操れる魔物を、『大した力のない魔』と言いきってしまうシュンに、ヒョウガは驚きを禁じ得なかった。
アフロディーテの力には、実際にシュン自身もひどい目に合っているというのに。


だが、シュンはアフロディーテの力を、“憑依しなければ人を動かすことのできない力”と考えているらしい。 

人間は、他人に憑依などしなくても、人の心を動かすことができる。
シュンにとって、アフロディーテは、一人の人間ほどの力もない存在なのだ。

そうなのかもしれない――とヒョウガも思ったのである。
事実、ヒョウガには、あの魔に、シュンほどの力があるとは思えなかった。


抱きしめると温かく、見詰めていると幸福な気持ちになり、憎しみも悲しみも忘れさせてくれる――力。
シュンのような力を、あの魔は持っていないのだ。






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