「瞬! 沙織さんから差し入れ。秋の味覚だぞー!」
そう言って星矢がラウンジに持ってきたのは、クリスタルのボールに盛られた黒葡萄の山だった。
秋の午後のやわらかい陽射しを受けて、その黒い粒はさらりと濡れて輝く宝石のように見える。

気怠さに緊張し、暖かい静寂に弛緩してソファにもたれていた瞬は、星矢の景気の良い声に上体を起こした。

星矢の持ってきた宝石の粒は、瞬にあるものを想起させた。
それは、この平和の時の中で、瞬に緊張を強いるあの瞳と同じ色をしていた。

「……氷河の瞳みたい」

「へ? 氷河の目は黒くないだろ」
「……そうだったっけ?」

平和の訪れる以前の氷河の瞳の色は、確かに、これでものが見えているのかと疑いたくなるほどに真っ青だった。
闘いに夢中になっていた幼い頃の氷河の瞳の様子を思い出して――とはいえ、それはさほど昔のことではないのだが――瞬は、自分の思い違いの訳を考え始めた。

あの瞳の明るい青が暗く沈み、群青を通り越して黒にさえ見えるようになった訳。
それは、夏の眩しさを避けるように、彼がいつも光のないところに立っていたから――だったろうか?

しかし、人をぐったりさせるほどに暑く熱い季節は既に過ぎ去ってしまった。
今は秋、なのである。

あの真夏を潜り抜けた全てのものが色づき熟す季節。


「少し……熟れ加減を見てこようかな」
瞬は、ひとりごちるように呟いて、掛けていたソファから立ち上がった。


「瞬、どこ行くんだ? 葡萄、食わないのか? きっと今年はこれが最後の葡萄だぞ」

大きな粒を3つ同時に口に入れるという荒業に挑もうとしていた星矢に視線を落として、瞬は薄く微笑した。

「そうだね、今年の秋ももう終わっちゃうね」
「だったら食っといた方が――」

「うん、でも、その前に――来年の秋の味覚狩りのために、種を撒いておくことにするよ。あの頑固な氷はどうせ冬になったら、日本の冬は腐った夏だとか何とか言って、シベリアの奥地に引っ込んじゃうだろうから」

「へ?」
「秋は駆け足で過ぎていくから、今のうちにね」

あの闘いの日々が終わっても、未だに真夏の只中にいるような星矢に、事情を説明したところでわかってはもらえないだろう。
瞬は、いつになく不親切な説明不足を微笑で誤魔化して、葡萄のある部屋を出た。






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