瞬の瞳。
黒いはずなのに、緑色に見える瞳。
その瞳に見詰められていることが、見詰め返していることが息苦しくなって、氷河は瞬の瞳から視線を逸らした。
逸らした先に、薔薇色の唇があって、一瞬どきりとする。

その唇が、言葉を紡ぎ始めた。

「その美しい青い瞳の奥は誰にもわからない」
「……?」
「レオナルド・ダ・ヴィンチがそう言われていたんだって」
「急にどうしたんだ」

瞬の行動や言葉は、氷河にはいつも謎めいて見え、謎めいて聞こえた。
いくら見詰めていても解けない謎。

「わからない? 氷河を口説いてるの」
苦笑してそう告げる瞬の言葉が冗談なのか本気なのか、それすら、氷河にはわからなかった。

瞬はまさに謎そのもので、謎であるが故に、氷河は瞬に触れることを怖れ続けてきたのだ。

「レオナルドの絵の先生はね、人間じゃなく自然だったんだって。自分の目で見て、肌で感じ取ったことだけを信用して……」
「瞬、何が言いたいんだ」
「レオナルドはね、真実を探し求めた人なの。そして、彼は最後にそれを見つけたんだよ」 

レオナルドが真実を見つけることができたのは――謎を解くことができたのは――彼が天才と呼ばれる男だからなのだろうか。
凡百の身である自分には、永遠に謎を解くことはできないのか――。彼にとって謎そのものである瞬を目の前にして、氷河は絶望的な気分に陥っていた。


「どう? 氷河は見つけられた?」

言葉は挑戦的でも、瞬の表情は小春日和のそれだった。
季節が秋だからなのかもしれなかった。
今、ここには、冬の厳しさも夏の激しさもない。
瞬に最も似つかわしいと思える春からも遠い。

芽吹きの季節が過ぎ、灼熱の陽光が消え失せ、今は動植物が眠りに就く冬に向かう黄昏の時なのだ。
人は、それを、実りの季節と呼んでいるようだったが。


「氷河がね、僕を好きになった理由は僕の中になんかない。それは氷河の中にあるの。僕を見ててもわからないよ」

瞬には――謎自身には、自らの謎の答えがわかっているのだろうか。
謎自身には、自分自身の謎は謎ではないのだろうか。

氷河が、海と空の青を闇と見紛うほどの深い色に染め変えたのは、この謎を見詰めすぎたせいだった。


なぜ、瞬はここにいるのだろう。
なぜ、瞬は綺麗なのだろう。
なぜ、自分はこんなにも瞬に惹かれるのか。
瞬がこんなにも自分を魅了してやまないのはなぜなのか――抱きしめたくて、仕方がない――。


その謎の答えを、謎自身は知っているのだろうか。






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