「俺は――」
「氷河は?」

問い返されて、氷河は返答に詰まった。
ここで、『俺はおまえを好きなわけではない』と意地を張ってみたところで、何が得られるものでもない。

そんな氷河の様子を見て、瞬は小さく微笑した。
まるで、人の手の入らない野原で小さな撫子の花に出会いでもしたかのように。


「闘いの日々は終わったの。氷河もそろそろ人類最大の戦いに挑んでもいい頃じゃない?」

「人類最大の戦いとは何だ?」
「love」

端的な返答に、氷河は瞳を見開いた。


「氷河には、最大の謎でもあるみたいだけど」
――瞬には、謎ではないのだろうか。

「一人では戦えない戦いだよ」
――俺は、今まで、一人で、その謎と戦ってきた。

「僕は氷河を好きだから。僕は氷河の望みを叶えてあげたいの」
――なぜ、そんなに軽々しく言ってしまえるんだ。

「僕が氷河を幸せにしてあげる」
――『好きだ』という言葉を。


「高慢な」
「そう。僕は高慢なの。氷河がそういうふうにしたんだよ」
「俺がいつ」
「氷河は僕を見詰めすぎたの。僕が自信満々になったって仕方ないでしょう」

「…………」

見るまいと思うほどに、見ずにいられなかった。
氷河が、青い瞳を闇の色に沈ませるほどに瞬を見詰め続けたのは、『好きだ』という感情がどこから生まれてくるものなのかがわからなかったからだった。


「氷河はね、僕の太陽だよ」
「……そんなものに例えられるのは初めてだ。俺は大抵は氷や雪や――」
「口説かれる方は黙って聞いてて」

瞬が、ぴしゃりと氷河の言葉を遮る。
そして、彼は彼の言葉を続けた。

「その目で僕に実を結ばせておいて、その手に取ろうとしない冷たい太陽だから、僕はその太陽を自分で射落とすことにしたんだ」

「俺は、そして、おまえのその手に落ちていけばいいのか? この俺がそんな――」
「氷河がどうするのかは、僕は知らない。僕は氷河じゃないから」

白い――色のない――微笑を残して、瞬はそれだけ言うと、さっさと氷河の部屋から出ていってしまった。


「…………」

氷河は、無言で、半ば呆然としながら、瞬が閉じたドアを凝視することになってしまったのである。


これが謎でなくて、何が謎だと言うのだろう。






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