「離れていても、兄弟の絆は消えることはないとでも?」

陳腐なセリフだと思いはしたが、氷河は、わざわざ他に適当な言葉を探す気にはなれなかった。
瞬と瞬の兄のことを、洒落た言い回しで表現してやる義理はない。

「そんなことはないよ。親だって兄弟だって、側にいなかったら、側にいないものになる」

自分自身の言葉に感じている不快感を隠しきれずにいる氷河に、瞬は苦笑した。

「どういう意味だ?」
「側にいなくても生きていけるようになるってこと」

耳に嬉しい言葉のはずなのに――だからこそ、氷河には瞬のその言葉が信じられない。
「おまえが? 一輝なしで?」
氷河は、それを、駄々っ子をなだめるための虚言と判じて、ムッとした。

瞬は相変わらず、月の光のように薄い微笑を口許に浮かべている。
「繋がりが切れるとか、薄れるとか、そういうことじゃないよ。でも、人は、いつも自分の側にいて自分を見てくれている人に近くなる。その引力を、自然に感じることになるの」

「引力、ね」
瞬を――というより、その単語を――小馬鹿にするように、氷河は鼻で笑ってみせた。

瞬の言葉だけでなく、月の光までが気に障る。
瞬を綺麗に見せている――白い光。

必要もないのにこうして側に来られたら、必要とされてるんだって感じるじゃない。氷河は僕とマーマのどっちが大事?」

脈絡がなく感じられる瞬の問いに、氷河は一瞬眉をひそめた。
一瞬間だけ。

一瞬間の後、瞬にしては馬鹿なことを訊いてくるものだと氷河は思い、更に一瞬間を重ねてから、瞬のそれが馬鹿な問いと自覚した上での問いなのだということを理解する。

「それと同じことだよ」
瞬は、氷河の答えを待たずに、結論を口にした。



側にいる者と遠くにいる者。

どちらも大切なものに違いはなくても――遠くにいる者の方が心の拠り所たる存在なのだとしても――実際に生きていく場では、側にいるものの引力の方が強く、直截的で、引き離される苦痛も大きい――のだ。






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