こんな細い身体で、よくこんな行為に耐えられるものだと、日は時折不思議に思うことがあった。

瞬の荒い息が収まったのを確認してから、その肩を抱き寄せる。
小猫が擦り寄り甘えるように、瞬は氷河の胸に頬を押し当ててきた。
我儘な小猫は、かなり満足したものらしい。

少しは理屈が通じるようになっただろうと判断して、氷河は瞬を諭しにかかった。

「人の肉体はいつかは消えるし、人の心も変わっていく。俺は、今はおまえしか見えていないが、それも変わらないとは言い切れない」

「氷河……」
心細そうに、自分を抱いている男を見上げてくる瞬に、氷河は軽く笑って言い募った。

「誰だって、誰かに心臓を掴みあげられているようなものだ。誰も気付いていないだけなんだ」

「氷河……」

「おまえは、その傷ができる以前と今とで、何も変わっていない。ただ、気付いてしまっただけだ」

人の命は永遠ではない――いつかは、自分の意思とは異なる力によって奪われる。
人が生を受ける時にも、そこに自分の意思はない。

人の生死は、自分の力ではないものに制御されているのだ――ということに。



「その力は……あの冥界にあるようなものなの」

「冥界は幻影だ。あれもまた、人の作った世界だ」
「…………」
「ハーデスも幻だ。俺たちを支配している力があんなものであるはずがない」

あんなにはっきりと見てきたものを幻影と言い切る氷河に驚いて、瞬は目をみはった。

「いずれにしても、俺たちが考え煩わなければならないのは、自分の意思で自分をどうにでも変えられる今の有りようと、それにも終わりのあることを知っていなければならないということだけだ」

「だから、今がどれほど大事なのかを忘れずにいることだけなんだ」

たとえ、人の命を操る何らかの力がどこかに存在するのだとしても、“今”は――今の世界と今の自分だけは――自らの意思で変えることができる。
だとしたら、そのために努力することだけが、人に課せられた義務であり権利なのだろう。

無体に与えられた金枝の痣すら、その事実をいつも自覚しているためのいい道具にしてしまうことも、人は、自らの意思でできてしまうのだ。





「――永遠も怖いけど、終わりがあるってことも怖い」

そう囁く瞬の声には、しかし、既に、何ものかに怯えている響きはなかった。

「誰だって怖いさ。だが、誰にだって、それを耐える力が備わっているはずだ。そういうふうにして、これまで人間は生きて、そして死んできたんだから。おまえに耐えられないはずがない」

背負うものが他の人間より少し重いだけ――なのだろう。

「まあ、俺もいるしな」


けれど、耐えられないことはない。
一人ではないのなら。


一人ではないから。






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