薄暗い部屋の床に、瞬は、主人に見捨てられた小犬のようにうちひしがれて座り込んでいた。 「……おまえの家に人をやって話を聞いてきた」 瞬の前に片膝をつき、その顔を覗き込むようにして、氷河は低い声で告げた。 「え?」 俯かせていた顔をぱっとあげて氷河と視線を合わせた瞬は、しかし、すぐにまた瞼を伏せてしまった。 「家の者は……瞬という名の息子は確かにいたが、ひと月前に病で亡くなったと言っていたぞ」 「…………」 黙り込んでしまった瞬に、既に答えを知っている質問を投げかける。 「おまえは、何ものだ?」 かなりの間を置いて返ってきた答えは、氷河が察していた通りのものだった。 「僕、瞬様に飼われていた柴犬です」 正体を知らせてしまったら、もう隠すことは何もないと思ったのだろう。 瞬は、それでもどこか力無い声音で、自分がヒトに化身した訳を話し始めた。 「瞬様の家は、藤原の流れを組むと言っても傍流もいいところで、領地もほとんど売り払い、家格を保っているのがやっとの貧乏貴族でした。一人息子の瞬様のご出世だけが、お家の希望で、瞬様もご両親のために懸命に勤めるお覚悟をしてらっしゃったんです。でも、5日後には御所にあがるという日に、瞬様は病で亡くなられて……」 「で、おまえが、犬の身で主人に化身して、主人の代わりに御所にやってきた、と」 「だって、瞬様は――瞬様は、病弱でしたけど、本当にお優しい方だったんです。僕のこと、とても可愛がってくださって、ろくに食べるものもないのに、いつも、ご自分の分を僕に分けてくださって――」 病弱で線の細い少年が、飾りとてない貧しい家で、おそらくは飼い主と同様に痩せこけた小さな柴犬に、僅かばかりの食べ物を分け与えている――その様を思い描いて、氷河は胸が痛んだ。 そんな気分になるのは、母の最期を看取った時以来のような気がする。 おそらくは、この華やかな内裏より、華美に走った貴族の邸などより、そんな貧しい家の中にこそ、美しいものは存在するのだ。 「僕は、瞬様の願いを叶えてさしあげたかった。せめて、瞬様のご両親が飢えずに暮らせるだけのお金とお米をご用意できたらと思ったんです……」 そして、その美しいものは、生まれてさほどの年月も経ていないただの小犬に、100年の年を降った妖狐にすら為しえない力を生ませた――のだ。 「叶えてやる、おまえの望み」 人を信じることしかできなかった哀れな、信じるに足る人との生活しか知らなかった幸せな――小犬を抱き上げて、氷河はそう確言した。 |