「――そういう訳で、あれは瞬の亡霊が帝をお慕いするあまり、肉体まで持ってしまったものだったのです。貧しい暮らしの中で、それほどまでに帝にお仕えすることを希求していたのでしょう。帝に疑われたことを事のほか悲しがっている様子でしたが、私が諭して成仏させました」

「おお、なんと哀れな、なんと健気な」

自分の優柔不断で、つい先程まで瞬の軟禁を許していた帝が、わざとらしく袍の袖で目頭を抑える。
居並ぶ重臣たちも、氷河の報告にこぞって貰い泣きをしていた。

閉じ込められていた小部屋から、瞬の姿が煙のように消えてしまったという小者の証言があったせいで、氷河の説明を疑う者はその場に一人もいなかった。

陰陽寮の者たちはすっかり悪役扱いだったが、そんなことは氷河の知ったことではない。

「猿の騒ぎも、あの子がいたせいでしょうが、あの子に悪気はなかったのです。猿めが勝手に犬の気配に怯えていただけでしょう」

「相わかった。瞬の忠義の見返りとして、瞬の両親には、相応のものを取らせよう」
「ご配慮、ありがたく存じます。そうされた方がよろしいでしょう。でなければ、今度は両親への孝行が成らなかった未練で、あの子はまた帝のお側に迷い出てくるやもしれません。あれは、信じていた帝に庇っていただけなかったことで、かなり傷付いていた様子でしたから」

氷河が、わざとらしい心配顔でちくりと嫌味を言うと、内裏一の権力を持った優柔不断男は、白粉を塗りたくった顔を更に蒼白にした。




「ところで氷河殿、その籠の中は」

涙で化粧の崩れた中納言が、氷河の傍らに置いてある竹細工の籠を指差しながら、尋ねてくる。
この感動的な場面で、そんなところに注意が行くあたり、瞬の健気さへの彼等の涙も空涙なのではないかと疑りたくなる氷河だった。

「ああ、私の持ってきた小犬です。その昔の玉藻の前の話を思い出しまして、妖しのものは狐の化身かとも思ったのです。狐の天敵と言えば犬ですから」

「氷河殿は犬は平気なのですか」
「まるで私が狐のようなもの言いですな」
「これは失礼」

ほほほほほと声を揃えて笑う重臣たちの気色悪さに耐え切れず、小犬の入った籠を抱えて、氷河は早々に内裏を後にした。






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