「おまえ、知ってるか? 犬や狸、馬は陽の動物、猫、狐、蛇は陰の動物と言われている。 狐と狸なんかは、もともと狐狸の精という同じ生き物だったのが、陰の狐と陽の狸に分かれたものなんだぞ。だから、陽は陰が、陰は陽が苦手なんじゃなく、そう……気になる相手なんだ」

「僕、狸じゃありません」

「……わからない子だな。俺はおまえが気になって仕方ないと言ってるんだ」

散々自分をからかった相手に、そんなことを言われたくらいのことで、ぽっと頬を染めてしまう自分の気持ちが、瞬はわからなかったのである。
否、わかってはいた。

それが、氷河に悪意がないからだということも、自分が彼に何を求めているのかということも。


「だから、ここにいろ」
「……あなたは命の恩人です。感謝してます。僕……側にいたいと思うんです。ご主人様がいない今、それは許されることだとも思うんです。でも……」

「でも?」
「でも……何だか、あなたは危険な匂いがする」

「ははは、犬だけあって鼻がいいな」

笑いながら、瞬の身体を引き寄せて、氷河は瞬に戸惑う隙も与えずに、その唇を奪った。
どう考えても、瞬は、そんな行為を受けるのは初めてのはずである。
案の定、瞬は自分が何をされたのか、すぐには理解しかねている表情だった。

少し――否、かなりの時間をおいてから、瞬がどもりながら、言う。
「ぼ……僕、い……犬です」

「俺は半分キツネだ」
「こんなこと、だ…駄目です」
「どうして」
「ち…畜生道に堕ちます」

瞬の元の飼い主は、どうやら信心深い少年だったらしい。
氷河は、瞬の言葉に思い切り吹き出してしまった。

「もともと畜生だ。それでも、人間よりはマシな生き物だがな」
「そんなことありません! 僕のご主人様は、それは優しい方でした」
「おまえと同じ姿をしていたのか」
「はい」
「そうか、綺麗な少年だったんだな。気の毒に」

口調だけは、同情の念に耐えないといわんばかりの響きを呈していたが、氷河の手は瞬のとんでもないところに忍び込んできていた。

「あ……」

人間でなくてもいちばん感じやすい部分に指を絡みつけられて全身を震わせた瞬を、自分の膝の上に座らせて、氷河がその身体を横抱きに抱きしめる。

「そう真剣に考えるな。俺はおまえが気に入った。おまえだって、そうなんだろう。俺はおまえの命の恩人だぞ。犬の性としては、俺に仕えたくて仕方がないんだろう」

「くん……」

もし、犬の姿であったなら、瞬の耳は力なく項垂れていたことだろう。

氷河の言う通り――だった。
瞬は、あの優しく病弱な主人と暮らしていた日々が恋しくてたまらなかった。
飼い主が欲しい――のだ。
愛し、愛されて、尽くす相手が欲しい。

それは、生まれた瞬間から飼い犬として生きてきた瞬の、半ば本能だった。
瞬には、尽くす相手が必要なのだ。

「きゅん……」

瞬は、思わず、自分の本当の声で、寂しさと切なさを氷河に訴えてしまっていた。

「でも、僕はただの犬なんです……」
「そんなことはない。おまえは、その優しかった人間の心を受け継いでいる」
「…………」

それでもためらっている瞬の耳のあたりを、氷河はぺろりと舐めた。

「きゃんっ!」

飛び跳ねるようにして声をあげた瞬をきつく抱きしめ、その耳許に囁く。
「犬の姿に戻るなよ。おまえがそんなことをしたら、俺も狐の姿になるぞ。欲情した狐が小犬を追いかけまわしている様なんぞ、人が見たらどう思うか」
「そんな……」

犬の姿に戻るという最終手段の通じない半獣が相手では、瞬は彼を受け入れざるを得なかったのである――嬉しいことに。


そうして。
狩り衣を剥ぎ取られ、犬の瞬は、人間の姿で、人間の姿をした半獣と情を交わしてしまったのだった。



随分と奇妙な経緯を経て、瞬は求めていた二人目の主人を手に入れたのである。






[次頁]