寮生たちの反乱が起きたのは、その1ヵ月後のことだった。

「成長期にある青少年が、1ヵ月もカレーばかり食い続けていられるかっ !! 」
「そーだ、そーだ! 来る日も来る日もカレーとラッキョばかりで、俺たちの身体を何だと思っていやがるんだっ !! 」

ちょうど瞬を連れて某料亭から戻ってきた氷河に、数百名の寮生たちは直談判に及んだのである。
自分と同年代の“ガキ共”のいきり立った様子に、氷河は実に不愉快そうに眉をひそめた。

「なんだと?」
ぎろりと寮生たちを睨みつけ、氷河は手にしていた車のキーを親指で捩じ曲げた。
脅しに使うのであるから、無論、リモコンキーではなく、合金製のクラシックなキーである。
(無免許運転なのでは? などという突っ込みは、この際、なしにしていただきたい)

寮生たちは、まるで粘土のようにぐにゃりと折り曲げられたキーを見て、全員が蒼白になった。


腹が減っては戦ができぬ。
もっとも、寮生たちは満腹状態だったとしても、そんな真似のできる男に逆らう度胸はなかったであろうが――ともかく、彼等は、氷河の怒りの持つ力の片鱗を見せつけられて、突然態度を軟化させたのである。

「しっ……しかし、もう、俺たちは限界だ! いや、限界です。来る日も来る日もカレーばかりで、カレーの匂いを嗅ぐだけで食欲が失せて、俺はこの1ヵ月で体重が5キロも減ったんですよ!」
それでもまだ少々太めの男子生徒の泣き言を、氷河は鼻で笑ってみせた。

「限界だと? なに甘ったれたことをほざいてるんだ、このガキが!」

ちなみに、その“ガキ”は3年生。
氷河より歳上だった。

「俺は半年間、がちがちに凍ったカレーしか食わなかったことがあるぞ。確か、あれは久し振りにトナカイの肉が手に入った時で、俺はまだ10歳だった」

極寒の地シベリアで、物を凍らせる技が何の役に立つだろう。
だというのに、冷却系の技以外に特技のない師の許で、毎日凍ったカレーをかじって飢えをしのいだ幼い日々――。

「俺はな、貴様らのように、ハンバーグだの、エビフライだの、赤いウインナだの、そんな贅沢なものを食ったことがないんだぞ! カップラーメンすら、3分待っている間に凍りつく極北の地で、毎日が死と隣り合わせの生活を送ってきたんだ! その俺に向かって、凍ってもいないカレーを食うのが辛いだと !? よく言えたもんだ、このクソガキ共がっ !! 」

氷河の、聞くも涙・語るも涙(無論、氷河は泣いてはいなかったが)の悲惨な少年期の食料事情を聞かされて、寮生たちはしんと静まりかえってしまった。
たとえ、1コース5万円の会席料理を食して帰ってきたばかりの男とわかっていても、そんな悲惨な昔話を持ち出されては、寮生たちには返す言葉もない。


項垂れてしまった上級生・同級生たちを気の毒に思ったらしい瞬が、そこに慌てて仲介に入る。
「氷河、そんなこと言ったら、かわいそうだよ。そんな生活を知らないのは、みんなのせいじゃないんだから」

入寮した最初の日にカレーの王子様を食べたきりで、カレー地獄を知らない瞬に庇われることの理不尽を疑問に思う余裕は、寮生たちにはなかった。
彼等は、とにかく、氷河の迫力と彼の過去に怯えてしまっていたのである。

「む……」

カレー地獄に喘ぐ寮生たちのお手討ち覚悟の訴えは無視しても、瞬の言葉には、もちろん氷河はちゃんと耳を傾ける。
力無く項垂れている者、救いを求めて必死の者、既に全てを諦めている者――寮生数百人の様々な様子を見渡してから、氷河はおもむろに口を開いた。

「よかろう、それほどまでに言うのなら――瞬の優しさに免じて、明日のメニューは……」

寮生たちが固唾を飲んで見守る中、氷河は10秒ほど考え込んでから、明日のメニューを発表した。

「そうだな、白米と塩シャケにしてやろう」


「おおおおおおーっっっ !!!!!!! 」 × 数百


グラード学園光星寮に、怒涛のような歓声が湧きおこる。
尋常の精神状態では耐え切れないほど大きな喜びに襲われて、寮生たちは全員が滂沱の涙を流していた。






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