そこに、ストーリーの都合もあって、タイミングよくグラード学園の校長の登場である。
抜き打ちの視察にやってきた60絡みの校長は、玄関先に集まった寮生たちが皆、頬を濡らしている様に驚いたようだった。
「ど……どうしたんです。なぜ、皆、泣いてるんですか」

「メニューが……メニューが嬉しくて……」
先程、氷河に怒鳴りつけられた3年生が、Yシャツの袖で涙を拭いながら、校長に報告する。

「どうやら、彼等もやっと、食い物の有難さを理解してくれたようでね。俺も苦労してメニューを考えた甲斐があった」
偉そうに顎をしゃくってみせる氷河に異議を唱える者は、その場には、ただの一人もいなかった。
彼等は、明日、一ヶ月振りに食べることのできるカレー以外のメニューを脳裏に思い浮かべて、すっかり夢見心地だったのだ。

「ほう、それはとてもいいことですね」

学校長が、いかにも教育者らしい温厚篤実な笑顔を作る。
雇われ校長である彼は、経営者である学園の理事たちとは違って、まさに教育者だった。
「なんだか、皆さん、入寮式の時とは別人のように精悍になったように見受けられますが、これも博士のおかげですかな」

実のところ、彼等は、カレー尽くしの食生活にうんざりし、ただやつれていただけだったのだが、彼等の贅肉が落ち、飢えのせいで目つきが鋭くなっていたのは、まごうかたなき事実だった。

寮生たちが、校長の言葉に色めきたつ。

(おい、俺たち、精悍になってるってよ)
(やっぱり、俺たち、ラッキョのおかけで、いい男になっているのか?)
(どうやら、そうらしい)
(なにしろ、ハーバード大学の博士様が提唱する方法なんだからな)


ただそれだけのことで俄然やる気になるのだから、苦労知らずの素直な子供は扱いやすい。 
従順になった下僕たちに、氷河は至って寛容だった。


試験の時期になると、
「ふん、こんなものに時間を取られてる暇があったら、俺の部屋の掃除でもしていろ」
と言って、寮生たちから教師の傾向と対策を聞き出し、ゲーム感覚で試験のヤマを張ってみせる。
それが面白いほどに的中し、寮生たちの試験の結果は上々。

成績があがると、人間は欲が出る。
寮生たちは、氷河のラッキョでいい男になれるという主張を固く信じ、ラッキョを食べつつ勉学に励み、学内試験だけでなく学外の模試等でも好成績を収めることになった。


その結果。
寮生たちは、5月の連休明けに実施された学外模試で、全員が全国総合成績500位内に入るという快挙を成し遂げたのである。



その事実がマスコミに流れるや、氷河のラッキョ療法は以前にも増して話題騒然となり、一学期が終わる頃、氷河の許には、全国の中学、高校、学習塾、予備校等から、ぜひ我が校でもラッキョ療法を採り入れたいという申し出が殺到することになった。
それとは別に、公演やテレビ出演の依頼も次から次へと舞い込んでくる。
全国のラッキョウ農家からは、氷河のお墨付きを求めて、山のようなラッキョウが送られてきた。


氷河は――はっきり言って、その手の申し出は有難迷惑だった。
否、有難迷惑どころか、ただの大迷惑だった。
しかし、それもこれも自分の撒いた種である。

考慮を重ねた末に、氷河は、撒いた種の収拾をつけるべく、ラッキョ療法関連の事業を管理するためのラッキョ法人を立ち上げた。






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