星矢の言葉を真に受けたわけではないが、ほんの一時だけでも、瞬の治療以外のことを考えずにいるために、俺は、医療センターに向かう途中で花屋に立ち寄った。

花屋の匂いというのは、甘いものではないと思う。
少なくとも、そこにある花々には、野に咲く小さな花に感じる健気さや、その花を見守る自然の息吹が感じられない。

「適当にみつくろって、花束にしてくれ」

どこか不自然な水の匂いに眉をひそめながら、俺はぶっきらぼうに若い女の店員に告げた。

「贈り物ですか?」
「……病人への見舞いだ」

確か、見舞いの花には、鉢植えは駄目だとか、椿やシクラメンは避けなければならないとか、面倒なタブーがあったはずだったから、ここはプロに任せるのがいちばんだろう。

「お見舞いなら、あまり大きくない花束の方がいいですね。サービスで延命剤をおつけします。綺麗に咲いた状態が長く続きますよ」

延命剤――人の手に手折られ、その上、人工的に美しく咲き続けることを強要されるのか、最近の花は。
薬で綺麗なまま咲かせておいて――だが、その薬が効かなくなった時、その花はどうなるんだ?

――死ぬしかない。

薬に慣らされた花から、自力で生きる力は失われているのだから。


店員が淡い色の花を数本ずつ選んでいる様子をぼんやり眺めていた俺の視界の端に、ふいに、生花ではない花の姿が映る。
それは、花屋の一画を占めているディスプレイ用のウィンドウに飾られたドライフラワーだった。
生花より色は褪せているが、リボンやワイヤーで飾られたブーケは、造花と見紛うほどに――自然のものとは思えないような――装飾品だった。

生きているものから命を奪いとって、無理矢理永遠を与えられてしまった花。

「こちらも綺麗でしょう。生花と違って枯れませんから、インテリアにいいですよ。退院した後にもずっと見ていられます」

どっちを――

「どちらになさいますか?」
花を選ぶ手を止めて、店員が尋ねてくる。


生花とドライフラワー。

瞬は――瞬なら、どちらを選ぶ?




――俺には、どちらかを選ぶことはできなかった。






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