「僕、シベリアに行ってこようと思うんですけど……」

どういうわけか、氷河が姿を消してからずっと城戸邸にいる兄に、瞬がそう告げたのは、あの無意味な闘いから1ヵ月が過ぎた頃だった。

一輝の反応は、瞬が想像していた以上に素っ気ないものだった。
「帰ってくるのを待て」

「だって、ただ拗ねているにしちゃ、長すぎますよ。これまでだって、氷河がふいっとシベリアに行っちゃったことは何度かあったけど、いつも半月くらいで戻ってきてくれてたのに」
「もうすぐ春になる。奴の苦手な暖かい季節が来る時に、無理に連れ戻すこともあるまい」
「そんなの関係ないですよ。これまで、氷河は、真夏にだって僕の側にいてくれたもの」

「待っていろ」

この1ヵ月間、一輝はずっと瞬の側にいてくれた。
瞬は、もちろん、そのことが嬉しかったが、反面、奇妙にも感じていたのである。
氷河のいない穴を埋めるように、自分の側にいてくれる兄。
どうして、彼がそんなことをする必要があるのだろう。
どうせいつかは戻ってくるとわかっているものの穴埋めなど、そもそも必要のないことである。

「僕、氷河に早く謝りたいんです」
「おまえが、何を謝ることがある」

「氷河が拗ねる原因を作ったのは僕でしょう? あの時、僕が、自分であの子を助けられればよかった。兄さんに助けられなくてもいいように、僕が自分で敵を倒せればよかった。それができなかったのは、僕の――」
「おまえが悪いわけじゃない」

一輝に言葉を遮られてしまった瞬は、仕方がないので――兄の機嫌を損ねるのを覚悟して――正直になった。

「兄さん、僕、氷河と離れているのに慣れてないんです」

「…………」

一輝は、瞬の言葉に眉一つ動かさなかった。
瞬がそう言い出す時が来ることを、以前から知っていたかのように。

縦にとも横にともなく微かに首を振り、一輝は、抑揚のない口調で瞬に告げた。
「行っても無駄だ。奴はシベリアにはいない」

「え?」

兄の言葉の意味を咄嗟には理解できずに、瞬は瞬きを繰り返した。






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