「どういうことですか!」

答えようとしない兄を問い詰めることの無益を知っていた瞬は、すぐに兄に答えを求めるのをやめた。

よりにもよって自分だけが、氷河に関しての何かを知らされていなかった――。
仲間たちの行為は、おそらく思い遣りか優しさに起因しているのだろうということはわかっていても、瞬は自分の声が荒ぶるのを止めることができなかった。

「氷河の居場所は、誰も知らないの」
気まずそうな顔をしている星矢や紫龍を庇うように、沙織が瞬に答える。

「知らないって……!」
沙織の穏やかな声のせいで、瞬はかえって泣きそうになった。

「私たちも最初はシベリアにいるのだと思ったわ。で、星矢にシベリアに行ってもらったんだけど、でも、氷河はそこにはいなかったのよ」
「いなかった?」


母親の眠る場所と仲間たちのいる場所。
氷河のテリトリーはその二つだけのはずだった。
他に、彼が生活できる場所はない。
ないのだと、瞬は思っていた。

その2つの場所以外にいる氷河が、そもそも瞬には想像できなかった。
拗ねているだけなら、居場所は明確にしておくはずである。
拗ねているだけなら、迎えに来てほしいはずではないか。

氷河が、今、ここにいない理由。
自分に知らされていない別の理由があるのだということに、瞬は初めて思い至った。


「あのな……瞬」
沙織だけを攻撃の矢面に立たせておくわけにはいかないと思ったのか、星矢が口を開く。
「氷河は……この間の闘いで、子供を助けるために重傷を負ったんだ。おまえが医療センターから城戸邸に戻ってきた時、氷河はまだグラードの医療センターにいた」

おそらくは思い遣りのために、知らされていなかったことの重大さを感じて、瞬はぞくりと身震いした。
何が、氷河の身に起こったのかと尋ねる言葉すら出てこない。

「氷河は、自分の怪我に、おまえが責任を感じるかもしれないと思って、姿を消したんだと思う」
「じゅ…重傷…って……」

最も辛い役目を負ってくれたのは紫龍だった。

「上腕切断――右腕を肩から切断したんだ」
「……!」

紫龍の告げた言葉に、瞬は、驚くより先に混乱していた。
矛盾した話ではあったが、瞬自身は、いつも死を覚悟して闘っていたが故に、闘いによる死を思ったことはあっても、それによって肢体の一部を失う可能性など考えたこともなかったのだ。
それは、闘う者にとっては、死よりも辛いことなのではないかとすら、瞬は思ったのである。

「嘘……」

「だから……もう、闘えないと思ったんだろう」
「闘えなきゃ、ここにいる意味も、おまえの側にいる意味もないってさ……そう思ったんじゃないかな、氷河の奴」

「意味がないなんて! 意味がないなんて……!」

闘うことに――闘えることに、いったい何の意味があるというのだろう。
闘いは、たまたま与えられてしまった不幸な状況にすぎず、ここにいる者たちの絆も闘いによって深まったものではない。
闘いの中で支え合い信じ合うことで、それは強く深くなった。
闘いそれ自体は、聖闘士たちの生きる目的でもなければ、生きている証でもないのだ。


「僕が、あの時、あの子を助けてって言ったから……? 僕のせいで……?」
「おまえが自分を責めることになるのも避けたかったんだと思うし、おまえに同情で優しくされるのにも耐えられなかったんだろう」

「どうして、そんなふうに思うの。どうして僕に教えてくれなかったの! どうして……どうして氷河を止めてくれなかったの……!」

「…………」

瞬には、星矢たちを責めるつもりはなかった。
星矢たちに非がないこともわかっていた。
だが、瞬は、そう問わずにはいられなかった。

「奴が勝手に出ていったんだ。星矢たちを責めるな。それこそ無意味だ」

駄々をこねる子供を諭すような兄の声音に、瞬自身にも止められなかった衝動が行き場を失い霧散する。

瞬は急速に、冷静さを取り戻した。
過ぎてしまったことを今更言っても始まらない。
今の自分がすべきことは、今の自分にできることにできることをすることだけなのだと、考えるまでもない結論を、瞬はすぐに導き出した。

「僕、やっぱり、シベリアに行きます」

「奴はいない」
「でも、氷河には、他に行くとこなんかないはずだもの。シベリアと僕たちのいる場所しか、氷河にはないはずだもの。何か手がかりだけでも見つかるかもしれない」

「無駄だって! 沙織さんでさえ、見つけられないでいるのに」

引きとめようとする星矢と、既にシベリア行きを決意してしまったらしい弟を、しばらく無言で見詰めていた一輝が、やがて横に首を振る。

「好きにさせろ。黙って待ってもいられないんだろう」
「だって、瞬は、おまえのことは大人しく待ってられたじゃないか。氷河だって、待ってりゃ、きっとそのうちに……!」

「……俺と氷河は違うからな」

「違う…って、そりゃ、でも……けど……」

瞬にとって、その二人がどう違うのかは、星矢にはわからなかった。
違うことだけは、わかったのだけれども。

「けど……失望して帰ってくるのが落ちだろ。そんなの可哀想じゃん。瞬は悪くないのに」




星矢の言葉は、そして、その通りになった






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