「今度はどこに行くつもりだ」

2日前に帰ってきたばかりだというのに、また荷物をまとめだした瞬に、一輝は低い声で尋ねた。

「ギリシャ……。案外盲点かもしれないでしょう?」

「いい加減に諦めろ」
「諦めません」

「瞬」
「ごめんなさい。でも……」

兄が自分を心配してくれていることはわかっていたし、今度の渡欧がまた無駄足になる可能性の大きさも、瞬はちゃんと自覚していた。
だが、瞬は、そうせずにはいられないからそうしているのであって、それは意地でもなければ惰性でもなかった。
自分が生きていくのに必要なことだから、瞬はそうしているのだ。

瞬は、荷物をまとめていた手を止め、自室の壁際に立つ兄の方に視線を向けた。
立ち上がり、兄の前に行き、怒っているようにしか見えないその顔を覗きこむ。

そして、瞬はふっと力なく微笑した。

「――兄さん。僕、ずっと思ってました。僕が氷河を好きになったのは、氷河が、兄さんと違って、いつも僕の側にいてくれるからなんだって。いつも僕の側にいてくれて、僕を見ててくれて、だから、僕は氷河を好きになった」

「だったら、今、おまえの側にいない奴のことなど、さっさと忘れろ。奴もそれを望んでいる。おまえが氷河を忘れてしまったら、奴も安心して――戻ってくることもあるかもしれん」

矛盾していながら、納得できないでもない兄の言葉に、瞬はもう一度薄く微笑した。

「すべては徒労だ。おまえの側にいない奴のことなど忘れてしまえ」

兄がどんな気持ちでそう言うのか、瞬には痛いほどにわかっていた。
一輝はただ、弟に幸せでいてほしいだけなのだ。
それは、瞬も知っている。


だが――。






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