だが、瞬が“秘密”を願った本当の理由はそんなことじゃなかった。

ある日、一輝がふらりと城戸邸に戻って来て、俺は理解した。
瞬が、俺とのことを知られたくなかった本当の、そして、ただ一人の相手は、星矢でも紫龍でもなく、瞬の兄だったのだということに。


「兄さんに知られると面倒なことになると思うの。だから、内緒にしてね。絶対に兄さんには知られないようにしてね」
兄の帰還を知らされるや、瞬は、一輝の許に駆けつけるより先に、ラウンジにいた俺のところに飛んできて、真剣な顔で俺に釘を刺してきた。

「…………」

俺は、一輝にこそ―― 一輝にだけは――知らせてやりたかった。
子供の頃には、いつもいつも保護者然として瞬の傍らにいて、俺を瞬の側に寄せつけようとしなかった瞬の兄。
長じてからは、まるで瞬との絆を誇るように、平気で瞬を置き去りにしてしまっていた瞬の兄。

あの男に、瞬が夜毎俺の下でどんなふうに喘いでいるのかを見せてやりたいとさえ思ったんだ。

――が。
「……ああ」
瞬の危惧を、最初は、俺も当然のことだと思った。
奴の大事な弟が、奴の気に入らない毛唐にいいようにされていると知ったなら、奴は烈火の如く怒りまくるだろう。
俺はそれでも一向に構わなかったが(むしろ、望むところだったのだが)、それでは、俺と一輝の間に挟まれることになる瞬が哀れだ。


「で……ね。兄さん、敏いから……兄さんがいる間は別々に……あの……夜のことだけど……」

それで無理に自分を納得させた俺に、しかし、瞬は追い討ちをかけてきた。

「瞬……!」

俺は、これまでだって、誰にも気付かれぬよう、うまく立ち回ってきたつもりだった。
瞬の“秘密”を守るために。
一輝がいるからと言って、ヘマをするつもりはない。
瞬がそれを望んでいるんだから。

だいいち、瞬と過ごせる夜がなかったら、昼の間の鬱憤を、俺はどこで晴らせばいいんだ?
これまでも、それで何とかバランスを取ってきたというのに、まして、一輝が瞬の側に戻ってきた今、これまで以上に、俺の焦燥と憤懣は激しくなるに決まっているっていうのに!

「僕、氷河と兄さんが嫌な思いするのは避けたいの」
「瞬、おまえ、一生、一輝に俺とのことを隠し通す気か」

瞬の気遣いが、ただの臆病に思えてくる。
こんなことは初めてだった。

「一輝は、おまえが決めたことにぐだぐだ言うほど尻の穴が小さい男でもないだろう。なにしろ、おまえのご立派なお兄サマなんだからな」

俺は、皮肉の色を隠しもしなかった。
それが、瞬を困らせるだけだということはわかっていたが、俺はそこまでできた人間じゃない。

「おまえと一輝は、他人の俺なんかには割り込めないような強い絆で結びつけられているそうじゃないか。気にすることなどあるまい」

「氷河……」

案の定、瞬が、困惑したように俺を見上げ、すがりつくような眼差しを向けてくる。
「兄さんにやめろって言われたくないんだよ」

「言われたらどうする」
「え?」
「言われたら、おまえはどうするというんだ」

瞬には、それは、思いがけない――想像したこともない事態だったらしい。
一瞬、瞳を見開いて、それから、瞬は小さく左右に首を振った。

「言われたくないから、内緒にしとこうって……」

「おまえは俺のものだぞ」

もう、何度繰り返しただろう。
事あるごとに繰り返してきたその言葉を、俺はまた口にした。

僅かな間を置いて――なぜか、それが、俺にはひどく長い時間に感じられたのだが――、瞬がぽつりと呟く。

「……違うよ。僕は――僕のものだよ」

そうだ。
瞬の言う通りだ。
だが、それでも瞬は、これまで決してその事実を言葉にしようとはしなかった。
俺に『おまえは俺のものだ』と言われるたびに、瞬は、俺に微笑みさえ見せていた。

だから、俺は、少なくとも、瞬の心の、瞬にはどうにもすることのできないある一部分は、確かに俺のものなのだろうと思えていたのである。

だが、それは全部ではない。
全部が俺のものになってしまったら、それは瞬ではないのだ。


「なら、一輝のものでもないわけだ。おまえ、一輝に嫌われるのを恐がっているのか」
「氷河……」

「一輝に疎んじられるくらいなら、俺のことなど切り捨てた方がましだとでも考えているわけか?」
「そんなんじゃなくて……」

「じゃあ、何だと言うんだ!」

煮え切らない瞬の物言いに、俺は苛立った。






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