翌日、氷河は諸悪の根源・逆立ちすればバーカーな宰相カーバーのところに、瞬と王とその恋人を連れて赴いた。 見知らぬ若造二人と、裏切り者の肉親、そして宿敵の突然の訪問に、カーバーは少々気を動転させているようだった。 平均寿命が50歳そこそこの世界で、30を越えていれば立派に壮年で通るのだろうが、カーバーは現代の日本の政界の基準で言えば、十分に若手と呼ばれる年代の男だった。 氷河に促された小さな少年王が、少し怯えたような目をして、陰謀の黒幕に訪問の用件を告げる。 「僕、王でいる資格を失いました。だから、そなたに王位を譲りたい」 「は……?」 カーバーとしても、そう言われたからと言って、素直に『はいさいで』とは頷けないところだったろう。 そんなことをしたら、これまで積み重ねてきた陰謀の数々と犠牲者が、全く無意味だったことになってしまうのだから。 悪党のプライドがわからないでもなかったのだが、しかし、氷河としては、カーバーにはどうしてもここで折れてもらわなければならなかった。 なにしろ、この計画の首尾の如何には、瞬からのご褒美がかかっているのだ。 「あー、貴様としてはだな、王を殺さなきゃ安心できないところだろう。しかし、王サマは死にたくないそうなんで、ひとつ提案だ」 見たことのない色の髪をした見知らぬ青二才が、国王以上に力のある一国の宰相にタメ口をきいてくるのに、カーバーは眉をひそめた。 「今日から王サマは、2、3日、病気になる。余人に伝染するのを避けて、病床にはイアフメス以外の者は近づけさせない。その間に、俺が王サマの墓を造りあげる。で、それが出来たら、王サマは死に、忠実なイアフメスも同じ病で死んだことにするんだ。盛大な葬儀を催せば政治的には抹殺できるし、万が一、後になって本当は王は生きていたと名乗り出てきても、王は神の許にいるんだから、貴様はそんなはずはないと言い切れる」 「ば……馬鹿な! そんなことができるはずがないだろう! 神に空の棺を捧げろというのか!」 「神である王を貶めて、オシリス神の冥界審判で地獄落ちになるよりいいだろう」 「し…しかし、王として死なぬということは、永遠の命を得られる機会を失うということだぞ! ただの人として、その身を朽ち果てさせるということなんだぞ!」 どうやら『しかし』というのは、イムヘテプの血筋の者の口癖らしかった。 そして、どうやら、カーバーを支配しているものは、王としての権力を求める心より、永遠を求める心──否、有限を恐れる心──のようだった。 「僕は、永遠の命など欲しくない。代わりに、イアフメスを僕にください」 価値観の違う人間の簡潔な言葉ほど、人に衝撃を与えるものはない。 優柔不断で弱々しいだけの子供だと思っていた王に、きっぱりと“欲しいもの”を求められた宰相は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、瞳を大きく見開いた。 |