その夜、僕は、自分の部屋でぼんやりとオルゴールの音色を聞いていた。

蓋にドロップパールでかたどった花の飾られた、小さな銀の箱。

メロディはフォスターの『夢路より』。
半年ほど前に、兄さんが僕にくれたものだ。
ゆったりとして静かで綺麗な旋律だけど、子守り歌ではなくて、目覚めを誘う歌。

涙の形の真珠が花を作っているその蓋を開けると、オルゴール特有のガラスのような音が、夜の部屋に響く。


――夢路を辿る愛しい人よ、目覚めて、私に気付いて。


僕は誰かさんと違って寝覚めはいいのに、どうして兄さんがこんなものを僕にくれたんだか、理解に苦しむ。
だけど、そのオルゴールはずっと僕のお気に入りだった。
朝、この曲を聞かされると、本当は目覚めているのに、わざと眠っている振りをして、意地悪をしたくなる。


記憶がないって、夢路を辿っているようなものなのかもしれない。
美しいけど、ぼんやりしてて、自分がどこに向かっているのかもわからなくて。
初対面の時よりはかなり落ち着いてきたように見えるけど、氷河は今もまだ不安なんだろう。

僕が彼の立場にいたら、きっとあんなふうではいられないと思う。
誰でもいいから、すがれる人を探してしまうだろう。
無理に一人で立っていようとする氷河が、僕にはとても痛々しく感じられた。


夢路より かえり来よ――


オルゴールの旋律が終わる。
ふと顔をあげると、ドアの前に氷河が立っていた。

「氷河? ごめん、うるさかった?」
僕は、慌てて、既に音の終わっているオルゴールの蓋を閉じると、椅子から立ちあがって、そのオルゴールを元の棚の上に戻した。

ドアの前にいる氷河を振り返って、もう一度詫びようとした時、僕はどういうわけか氷河の胸の中にいた。
「え?」

驚く間もなく、氷河の唇が僕のそれに重なってくる。
当然のことのように忍び込んでくる氷河の舌の感触に、僕は目を見開いた。






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