あんまり驚いたせいで、僕は、しばらく氷河に為されるがままでいた。

でも、氷河の唇が頬や顎を辿って胸許にまで下りてきて、あまつさえ、彼の手が僕の洋服のボタンを外しかけた時には――さすがに、呆然としてばかりもいられなくなって。

僕は、彼を思いっきり突き飛ばした。

僕に突き飛ばされても彼の身体は微動だにしなかったが、彼は彼の意思で僕を放してくれた――らしい。

「瞬……」
氷河はなぜか意外そうな顔をしていた。


「…な…何するんですかっ !! 」
「…………」

少しの間、彼のあの複雑極まりない感情を持った瞳は、めまぐるしく、その様相を様々に変化させていた。

そうして、最後に彼の唇から出てきた言葉は、
「嫌なのか」
――だった。

僕は――何というか、呆れてしまったのである。

僕は、そんなに氷河に好意を示してただろうか。
こんなことをされてもいいと思っていると彼に誤解されるほど?
ううん、そんなはずはない。
だって、僕には――。

「ぼ……僕には待ってる人がいるんだからっ!」
「誰だ」

驚きの色も見せずに、彼はひどくあっさりと反問してきた。

「あなたに言う必要はないでしょう!」
「俺より好きなのか」

この人はこんなに自惚れが強い人だったろうか。
あるいは、やはり、怪我のせいで、判断力が常人とは違ってしまっているのだろうか。
知り合ってほんの1週間しか経っていない相手に、どうしてこんなに自信に満ちてそんなことを訊けるのだろう。

「どうして、あなたと比べられるんですか。僕があなたに会ってから、まだ1週間も経っていない。あの人はずっと――」
「その1週間、おまえは俺のことばかり構っていた。おまえの待っているそいつは、おまえをずっと放っぽっておいてるんだろう?」

「…………」
それは――確かに、事実だけど。

「おまえが一方的に好きなだけなのかもしれない」
だからって、氷河にそんなことを言う権利はないはずだ。

「そんなこと! 僕たちはいつも……いつだって一緒だったんだから! 僕たちはいつも――」
「だが、そいつはおまえに会いにも来ない。そんな奴より俺の方がいいじゃないか」
「そんな言い方しないでください! 会いに来れないのには事情があるんです!」
「どんな事情だ」
「どんな……って……」

それはとても大事なことで――僕より大事なことで――、でも、僕はわかってあげられて、だから、僕はあの人を待っていられる――んだ。

「で……出てって! ここから出てってください!」

僕は、無駄と知りつつ、氷河をドアの方へと押しやっていた。
力で、僕が氷河に叶うわけがない。
実際、彼の身体は僕に押されてもびくともしなかった。

「側にいて、おまえを抱いてやれる人間の方がよくないか」
「出てって!」


きっと僕の剣幕に動かされたからじゃないんだろう。
氷河は、さっきと同じように、彼の意思で、僕の前から姿を消してくれた。






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