「瞬。入ってもいいか」
「来ないでくださいっ!」

ドアの向こうで氷河の声がしたのは、夜が明けてからのことだった。
ベッドの上で、膝を抱えたまま、僕は一晩を過ごしてしまったらしい。

僕は、ドアの向こうにいる人を拒絶したけど、彼は例によって、僕の意思よりも自分の意思を優先させた。


僕の泣きはらした目を見て、前置きもなく、氷河が尋ねてくる。
「おまえはそんなにそいつが好きなのか」

なんだか、氷河も眠ったようには見えなかった。

「ずっと待ってるんだもの」
「そいつは待っていれば来てくれるのか。いつになったら、そいつはおまえのところに戻ってくるんだ」

「…………」
そんなこと、僕にはわからない。

「……待つのをやめたらどうだ」

誰にも僕の気持ちはわからない。

待ってることを辛いなんて思ったことはない。
待ってられることが嬉しい。
待っていられなくなった時の方が恐い。


「……あなたには──わからない」

それは――なんて冷たい言葉だったろう。
僕が誰かにそんなことを言うなんて、誰よりも僕自身が信じられないことだった。

わかり合えなくても、完全に理解し合うことができなくても、それでも人は誰かを理解しようと努めるものだ。
理解することより、理解しようとすることの方が、人が人と生きていく上ではずっと大事なことなのに。
それを最初から拒絶するような言葉を、僕が言うなんて。
僕に言わせるなんて。

――でも、言わせたのは誰?


「……そうだな すまなかった」

氷河が、僕の冷たい拒絶を責めるでもなく、謝罪してくる。
彼は、傷付いたような目をしていた。


氷河のその瞳に出会った途端、僕は激しい後悔の念に襲われたんだ。

氷河の頼れる相手は僕だけだったのかもしれない。
自分自身すら信じられなくて、頼ることができなくて、氷河には僕しかいなかったのかもしれないのに、それなのに、僕は――。


「ご……ごめんなさい、氷河。氷河、心細いんだよね。何にもわからないんだもの。でも、ごめんなさい。僕は待ってなきゃならないの。待っていたいの」

僕は、ベッドの上に身体を起こして、部屋から出ていこうとする氷河を、慌てて引きとめようとした。


「いや……いいんだ。おまえがそうしたいのなら、俺が口出しすべきことじゃない」

それだけ言って、氷河が僕の部屋を出ていく。
彼の広い肩がとても力無いものに見えて、僕は思わず、その場に立ち竦んだ。






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