「わ…忘れて? 忘れて? ど…どうして……」

この半年間、夢路を辿っていたのは僕の方だったというのか?

「それは、まあ……。生きていくためだろうな……」
紫龍の口調は、どこか辛そうだった。

「嘘だよ……。だって、僕は、ずっと普通に……記憶がないなんて、そんなことありえない……。知ってる人の記憶がなくなったら、色々辻褄が合わないことだって出てくるでしょう! 僕にはそんなことはなかった」

「記憶を勝手に改竄してるんだろう。たとえば、氷河からもらったオルゴールを、一輝からもらったものだと思い込んだりして」

「……あれは兄さんが僕に……」

兄さんがくれるだろうか?
恋人の目覚めを誘う曲のオルゴールを?
まさか!


「おまえ、ずっと、待ってる人がいるだろ。待ってる相手の名前を言えるか? 顔を思い出せるか?」

「…………」

僕は知らない。
すごく大切な人なんだってことはわかっているけど、僕はその人の名前も顔も思い出せなかった。


「そりゃあさ、今のおまえは、いつか来てくれるはずの誰かを待ってられれば幸せで、氷河がいなくても平気で、氷河は必要ないのかもしれないけどさ……」

「必要なくなんかない! どっかに行っちゃ嫌だ! どっかに行っちゃ嫌……」

思い出せなくて、“あの人”を思い出せなくて、でも、今の僕にはそんなことより、氷河が僕の側から離れていってしまうことの方がずっと切実な恐怖だった。


「瞬……」
僕の今にも泣き出しそうな訴えを聞いた星矢が、意外そうな顔になる。

「でも思い出せない。僕の待ってた人は、ほんとに氷河なの……?」

「そんなの知るかよ。俺はおまえじゃないし」
そして、星矢はぶっきらぼうに、でも少し茶化すような声音で僕を突き放した。






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