――思い出せない。

生きるために、苦しまないために、僕は忘れたの?
僕の大切な人を、僕は忘れたの?

思い出せない。
僕の待ってる人は優しくて、氷河みたいに冷たい目なんかしていない。

でも――。

「わからない。でも、行かないで。ここにいて欲しい」

我儘なんだろうか、これは。
僕が僕の優しい“あの人”を求めているように、氷河が欲しているのも、おそらくは、“氷河を憶えている僕”なんだろう。

でも、僕は、氷河と離れてしまいたくない。
それは、とても苦しくて寂しくて――多分、僕は耐えられないだろう。

我儘かもしれない。
でも聞いてほしい。

僕は、ありったけの勇気を奮い起こして、氷河の瞳を見上げた。

優しくて切なげな瞳が、僕を見詰めている。
懐かしくて暖かい青。
そこにあるのは、冷たい青じゃなかった。

「俺が――おまえの側にいても、おまえが嫌でないのなら、おまえの待っている人が帰ってくるまで、俺はおまえの側にいてやることにしよう」

「氷河……」

僕は、泣きたくなった。
思い出したい。
思い出せない。
どこかで見たような、いつか包まれたことのあるような懐かしい暖かい空気が、氷河の周囲を包んでいる。

なのに、僕は思い出せないんだ――。






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