(好き? 人を殺すことが?)

初めて、その言葉を聞いた時、僕はぞっとした。
一人の人間の命――その人の身体と意思と未来とを奪うことを、氷河は『好き』だというのだろうか?

それは、僕には到底理解できない神経だったけれど、その、僕には到底理解できない氷河の神経に、僕はいつも助けられていたことになる。



戦場で黄色く濁っている氷河の目は、不思議なことに、戦場にいない時には、いつも青く優しく澄んでいた。
戦場での狂気が嘘に思えるほどに。

普段の彼は、肉食獣というよりは、微かな風の音にも怯える臆病な小動物のようだった。
その目は気遣わしげに、優しげに、いつも僕を見ていた。


おそらく――闘いが彼を狂わせてしまったんだ。

いつまでも終わらない闘いが、彼の感覚を麻痺させ、人を傷付け殺すことを快いと思うようにしてしまったのだろう。
サディストが犯罪を行わないためには、外科医になるのがいちばんだ――という、ブラックジョークを聞いたことがある。

今の氷河がまさにそれなのだと、僕は思った。


氷河は悪いことはしていない。
彼が倒しているのは、彼がそうしなければ、他の多くの人間に害を為すだろう輩ばかりだ。
彼は、口数は少なかったけど、邪悪でないものには、むしろ優しいくらいの人間だった。


もし、氷河が、打ち続く闘いのせいで、血を見ずにはいられない人間になってしまったのだとしたら――。
彼は、もし、この世界に倒すべき敵がいなくなってしまった時に、いったいどうするのだろう? 

闘いの時と闘いの時の狭間で、僕はそんなことを心配するようになっていた。


――そう。
平和な世界を思い描くことは、避けられない闘いの日々の中での、僕の心の慰めでもあった。






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