ある夜――。

やはり、激しい闘いを済ませた後の夜だった。

その日も、氷河は僕の敵を倒して――殺して――くれていた。

その時の狂気をたたえた目を思い出し、その狂気に救われている自分がたまらなく情けなくて、その夜、僕は眠れなかった。
疲れているはずなのに、どうしても。

それに――そう。
誰かが僕を呼んでいるような気がしたんだ。

僕は、何かに引かれるように自分の部屋を出て――いつの間にか、氷河の部屋のドアの前にいた。

でも、彼に提供できるような犠牲者を持っていない今の僕を、氷河が呼んだりするはずがない。
僕は左右に軽く首を振り、自室に戻ろうとした。
でも。


――瞬!――


確かに、僕を呼ぶ氷河の声が聞こえて――僕は、恐る恐る、その部屋のドアを開けた。
途端に僕に襲いかかってきたのは――。

なんて言ったらいいんだろう。

恐怖、悲嘆、悲鳴、怒声――罪を犯した亡者たちがひしめき合う地獄とは、こんなものだろうかと思うような、圧倒的に重い――身体が押し潰されてしまうように重い空気だった。
僕は、まるで、自分が狂気の中にいるような気分になった。


そして、そんな狂気でいっぱいの部屋のベッドの上で、氷河が呻いていた。
呻くこと自体が苦痛でもあるかのように。
呻いていた。

その額には脂汗が滲み、綺麗な顔が苦痛に歪んでいる。

悪い夢――。
僕は、氷河の悪い夢の中にいるらしかった。

「……氷河! 氷河!」
その夢から目覚めさせてやろうとして、僕は彼の名を呼んだ。

「うわぁっっ !! 」
断末魔のような声をあげて、氷河が何かに弾かれるように勢いよく、ベッドの上に身体を起こす。
氷河は、しばらくの間、肩で大きく息をしていて、そこにいる僕の姿も視界に入っていないようだった。

「氷河……大丈夫?」
僕が尋ねると、氷河は、僕の声と姿とを、まるでまだ夢の中にいるみたいな目で、じっと見詰めた。

「悪い夢でも見てたの?」

重ねて尋ねた僕に、額の汗を拭いながら、氷河は――どこか引きつったような笑みを向けてきた。
「は……はは。世の中が、おまえの願い通りに平和になる夢を見た。悪党共がいなくなって、俺は、人を殺す楽しみを味わえなくなって――そう、悪い夢だな……」

僕は、言葉を失った。






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