「氷河は……そんな夢にうなされるの……」

僕は氷河が恐かった。
だから、ずっと、彼を避けていた。
でも、今は――そんな悪夢に怯えている彼が――哀れだった。


「闘わずに――傷付け合わずに済むのなら、それがいちばんいいことでしょう? 僕は間違ってる? 僕は、みんなが言うように……甘いの……?」

氷河は、微笑んで――なぜ、彼は微笑んだりできるのだろう?――僕に言った。
「そんなことはない。俺も……おまえのような奴がいるから、俺も安心して殺戮者をしていられる」

「殺戮者……」

その言葉の持つ、残虐な響き――。
僕は、たとえ自分がそういうものなのだとしても、自分をそういうふうには言えないだろう。

氷河は殺戮者ではない、とは言えない――と思う。
僕から見れば殺さなくていい人まで、氷河は殺している。
でも、自分のことをそんなふうに言うなんて。

「氷河は……ほんとに、人を殺すのが好きなの?」

氷河はなぜか、また微笑した。
「病気なのかもしれないな。だから、おまえを見ると安心する」

本当に、どうして氷河は微笑っていられるんだろう? 

「おまえは優しくて、健全な精神と健全な身体を持っている。今の俺には、眩しすぎる存在になってしまった」

氷河の微笑がふいに消える。
氷河は、じっと僕を見ていた。

切なそうに。
苦しそうに。

僕は、そして、氷河に抱きしめられてた。
氷河の唇が僕の首筋に押し当てられる。
それは、ひどく熱くて――熱を出している病人のように熱かった。

「ひょ……氷河 !? な…何す……」

続く言葉は氷河の唇に奪われていた。
そのまま――唇を重ねられたまま、僕の身体が氷河の下に引き込まれる。

「氷河……っ!」
彼の肩を押し戻そうとしても、それはびくともしなかった。

「おまえが欲しい」
耳許で、氷河の声がする。

「おまえが欲しいんだ」
その声は彼の唇より熱かった。

「そうすれば、血で濡れた俺の手も綺麗になるような気がする」

囁きながら、唇と同じような熱を持った氷河の手は、僕の身体をまさぐり始めていた。


――肉食動物は、おそらく、牙や爪ではなく、その目で獲物を射すくめるのだろう。
氷河の手から逃れようとしていた僕は、彼の目を見た途端に――動けなくなった。
身体の重みで僕を抑えつけ、逃げようとする僕を、氷河は――その目は、僕を見詰めていた。

血に飢えた獣の目――だろうか、これは。
自分が生きていくために、獲物を殺さなければならない肉食獣。

そんなことがあるはずがないのに、肉食獣に食われていく動物たちは、彼の哀しい眼差しを見て、自分の命を諦めるのではないかと、僕はそんなことを考えていた。






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