雨が降っていた。
梅雨の時期の雨とも思えないほどに強い雨。

どしゃぶりの、真夏の夕立がいつまでも終わらないでいるような雨だった。

僕たちは誰も外に出る気になれずにいた。
どうやらそれは敵も同じだったらしく、僕たちは、城戸邸で雨の休日を過ごしていた。


強く激しいけれど単調で退屈な雨の音が気に障って、僕は自室を出た。

階下にあるラウンジには、案の定、みんなが集まっているようだった。
悲しいことに、僕たちは、平和な時を"何もしていない時"だと感じるようになってしまっているのかもしれない。
変化のない雨の音を、快いものと思うことができないようになってしまっているのかもしれなかった。



ドアが少し開いていて、星矢と紫龍の声が聞こえてきた。
退屈どころではない――声が。


「おまえ、また吐いてきたのか、氷河? 吐くものなんか、もうないんだろ」
「もう、あんなことはやめた方がいい。夜もろくに眠れてないんだろう。まあ、最近は別の都合で寝ていないようだが」

僕と氷河のことが、紫龍に知られている―― 一瞬、僕の心臓は跳ね上がった。

でも、僕は、そんなことに驚いてなんかいられなかった。

「おまえのしていることは間違ってると思うぞ。永遠に瞬を守りきることなど、誰にもできない」

氷河のしていることを、紫龍が責めていた。
それは、夜毎の僕とのことではないようだった。

「瞬が殺したくないと言うんだ」 
「だからって、おまえが代わりに殺してやることはあるまい」

氷河が何を言っているのか、紫龍が何を責めているのか、僕は咄嗟には理解できないでいた。

「瞬の泣くところはもう見たくない」

「それで、瞬に恐がられてたら、本末転倒じゃん。恐がられるだけならまだしも、おまえ、どー見たって、瞬に病人だと思われてるぞ」
「毎晩のあれは、瞬にとっては、おまえの強迫観念抑制のための行動療法か遊戯療法の一種だ。いいのか、おまえ、それでも」

「俺は、瞬に泣いてほしくない。望みは叶っている」

「だからってなぁ。瞬の嫌いなものを、おまえが全部食ってやることないじゃん。おまえ、間違ってるよ。瞬のためにならない」

「その嫌いなものは、瞬が普通の家庭に生まれ育っていたら、知る必要もなかったことだ。瞬の優しさは美徳で、瞬の理想は綺麗で、なのに、たまたまこんな馬鹿げた境遇に生まれ育ったせいで――」

「人間というのは、みんな、その“たまたま”の中で生きているものじゃないか。瞬は間違ってはいないが、おまえに甘えすぎている。そして、おまえは間違っていて、瞬を甘やかしすぎている」


誰が――何を言っているのか、僕にはわからなかった。
わかったことは、ただ一つだけ。

氷河は、僕のために、僕の代わりに、人を殺している――ということだけだった。


「欲しいもののために、それを手に入れるためになら、俺は何でもする男なんだ。俺は、“泣いていない瞬”が欲しい。それだけだ」


僕の代わりに?

悪夢にうなされるほどに――吐くほどに?
氷河は、本当は、人を殺したくなんかなかったっていうの?






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