瞬は、外に続くドアを開けた。

家の外は一面の銀世界。
去年の6月には、この家の庭にも、まだもう少し暖かい風が吹いていた。


今は世界が雪と氷で覆われている。
ある日、地球の一角に衝突した直径100キロメートルという巨大な石のかけらが、この星の気候を激変させてしまったのである。

隣家は、1キロも先にある。
家の前に広がる白い雪原を眺めながら、星矢は寒そうにぶるっと大きく身体を震わせた。

「ねえ、瞬。あと半年のうちに人間が全部滅びちゃうって、ほんと?」
「そんなことないと思うよ」
「でも、昨日もテレビで、変なおっさんがそう言ってた」
「…………」


3年前、その発表があった時、地上は狂気と混乱の巷と化した。
小惑星の衝突で、欧州の巨大な都市がいくつも消え、数億人の命が瞬時に失われた。
それだけならまだしも、小惑星は太陽光を遮る厚い粉塵で地球を包み、科学者たちは小惑星衝突から3ヶ月後、地球の終焉の到来を宣言したのである。

突然、自分たちの命と世界と未来に“終わり”があることを意識した人間たちは、浅ましいほど取り乱し、無秩序に暴動や集団自殺を繰り返したのだ。

星矢は、その暴動の被害者だった。
身寄りの全てを、長く続いた暴動のさなかに失った。


「星矢はどう思うの」
「……瞬が死んだらやだ」

5歳の星矢には、まだ巨視的な視点はない。
ただ、身近な人間の死を見る恐怖だけが、その身に染みている。

その不安と恐怖を甘い慰めで覆ってしまうことはできなくもないが、この時代、幼い子供相手にも、根拠のない希望だけを与えてはいられなかった。
瞬は、星矢の前に片膝をついて、視線を星矢と同じ高みに置いて告げた。

「あのね、星矢。人は誰だって、いつかは死んじゃうの」
「俺のとーさんやかーさんや、俺のこと助けてくれたおにーちゃんみたいに?」

まだ幼かった星矢に、その時の記憶だけが鮮明に残っていることが、瞬は辛かった。

「そうだね。でも、人がどこまで遠くに行けるかは、誰にもわからないことなんだよ。おんなじ長さだけ生きて、何にもしないまま、生まれた場所と大して変わらない場所で死んでいく人もいれば、うんと遠くまで行ってから死ぬ人もいる」

「よくわかんない……」
正直に本音を告げてくる星矢の頬に、瞬は手を添えた。

「星矢がこの家で生まれたとするでしょう。どうせいつかは死ぬんだからって、この家でのんべんだらりと暮らして……そうだね、20歳くらいで死ぬのと、いろんなことして、いろんなこと覚えて、いろんな人を好きになって、人のために何かをして、そして、20歳くらいで死ぬのとは、全然意味が違うの」

星矢が20歳になる時。
それは、今の星矢にははるかな未来である。
決して来ないかもしれない、はるかな未来だった。


「星矢を助けてくれたおにーちゃんは……おにーちゃんたちは、僕たちよりうんとうんと遠いとこまで行って、そして死んだの。僕と氷河は、今、あのおにーちゃんたちの後を必死になって追いかけているんだよ」

それは、今の星矢には難しすぎる話なのだとは思う。
それでも、瞬は言わずにはいられなかった。


「でも、死んじゃったら、みんなおんなじじゃないの」
瞬の言葉を理解しかねたらしい星矢が、ぽつりと呟く。
途端に、瞬は険しい顔になった。

「星矢がそんなこと本気で言うのなら、僕は星矢をぶつよ!」

滅多に声を荒げない瞬の厳しい叱咤に、びくりと身体を震わせて、星矢が泣きそうな顔になる。


「……瞬も死んじゃうの」
それでも、星矢は、それだけが心配らしかった。

瞬は、すぐに、表情を和らげた。
わずか5歳の子供が、自分の命が消えることより、誰かの命の方を思い遣っているのだ。
星矢の危惧が、我が身を守ってくれる保護者を求める気持ちからではなく、もう誰も自分の目の前で失いたくないと願う心から出ていることが、瞬は切なかった。






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