「クローン?」 「そうだ」 氷河と同じ顔をしたその男は、客間に通され椅子を勧められても、そこに腰をおろそうとはしなかった。 自然、瞬たちも、応接セットの周りに立ったままで、彼の話を聞くことになる。 彼の話は、氷河には――当然、瞬たちにも――寝耳に水の内容だった。 彼が言うには、彼と氷河は、現在のクローン技術規制法が施行される十数年前に、グラード財団のゲノム研究機関で作られた人間だ――というのである。 そして、彼は、現在、グラード財団の意思決定機関にいて、事実上、財団の運営をひとりで担っている――というのである。 「城戸沙織は――表向きの象徴にすぎない。彼女は、財団の外のつまらぬ用事で多忙のようだしな」 女神としての沙織を軽侮した彼の物言いに、星矢たちは少なからぬ憤りを覚えた。 彼の“立派な仕事”は、沙織の“つまらぬ用事”で得られた平和の上に成り立つものではないか。 同じようにムッとした表情で、しかし、全く異なった口調で紫龍と星矢が、彼に食ってかかる。 「見たところ、あなたと氷河に年齢差はないようだ。氷河が本当に誰かのクローンだと言うのなら、あなたもその誰かのクローンで、あなたに氷河をコピー呼ばわりする権利はないと思うが」 「氷河には、ちゃんと母親がいるぜ。クローンって、試験管か何かの中で作られるもんなんだろ!」 紫龍の問いかけに頷きかけていた彼は、クローニングの原理がまるでわかっていない星矢の言葉に顔を歪めた。 「実際には、私は氷河より8ヶ月ほど年上だ。私は、グラードのゲノムラボのDNAバンクから選び抜かれた遺伝子を組み合わせる人工授精によって生まれた。生まれたばかりの私の体細胞を未受精卵に核移植し、氷河の母親とされている女性の子宮に収めた結果生まれたのが氷河というわけだ。氷河が母親と信じている女性は、仮の器にすぎない」 それまで、ほとんど無表情だった氷河の眼差しが微かに曇る。 自分が誰かのクローンだということよりも、自分のために命を捨ててくれた母親が実の母親でなくなることの方が、氷河にとっては辛い事実なのだと気付き、瞬は氷河への痛ましさに捕らわれた。 「彼女は自分の遺伝子を受け継いでいない胎児に、母親としての愛情を――錯覚したのだろう。被験者としての立場を放り出して、グラードのゲノムラボから逃げ出したんだ。彼女が死んで、やっとグラードは氷河を取り戻したが、実験を中断された数年間の空白は取り戻し難かったらしく、結局、私と同様の英才教育は諦めて、光政の道楽のために彼を提供した」 氷河から母親を奪った男が、事も無げに言葉を続ける。 「私が、氷河の存在を知らされたのもつい最近のことで……私と違って、ろくな教育も受けさせてもらえなかったようだが、私と同じ遺伝子を持ってるんだ、馬鹿ではあるまい。使えるようなら、私の許に引き取ってやろうと思ってね。なにしろ、私の部下たちは学歴ばかりがあって愚鈍な連中ばかりだからな」 まるで世の中の全ての人間を見下しているような口調だった。 話が途中から理解できなくなって新しい攻撃方法を思いつかないでいる星矢の分を、紫龍が引き受けることになる。 「失礼だが、話が一方的すぎないか。そもそも、氷河があなたのクローンだという証拠はあるのか」 「私と彼の存在以外にどんな証拠が必要だというんだ」 「…………」 それは、確かに彼の言う通りではあった。 言葉に詰まった紫龍を尻目に、自分が氷河のオリジナルだと名乗る男は、彼のコピーに向き直った。 「私と同じ遺伝子を持つ者が、こんなところにいるのは才能の無駄使いというものだ。私と一緒に来い。私がおまえをそれなりの“人間”にしてやる」 まるで、今の氷河はモノでしかないと言わんばかりの彼の口ぶりに耐え切れなくなったらしく、ついに真打ちが登場する。 「僕たちの氷河をそんなふうに言うのはやめてください。だいたい、あなた、名も名乗らずに、急にそんなこと言い出すなんて、人間として礼を失しています!」 「人間として……?」 瞬の非難に、初めて彼が声を淀ませる。 軽く顎をしゃくると、彼は不愉快そうな目で瞬を見おろした。 「可愛らしい顔をして、随分なはねっかえりだな」 「は……ははは。瞬のこと可愛いってさ。好みが一緒だ、間違いなく氷河のクローンだ」 星矢が入れた茶々を、険しい口調で彼が訂正する。 「間違えないでもらいたい。氷河が私のクローンなんだ。私には、ちゃんとした存在意義がある」 「氷河にはないって言うんですかっ !! 」 「あるのなら、教えてほしいものだ」 「……!」 怖いものを知らないところも、彼は氷河と同じようだった。 瞬を本気で怒らせる言葉を、彼は、表情も変えずに言ってのけ、それを聞いた瞬が、いつもは穏やかな線を描いている眉をつりあげる。 瞬の剣幕に慌てたのは、むしろ、紫龍の方だった。 「しゅ……瞬、相手は一般人だ、本気になってどうする! あー……、で、あなたの名前は?」 紫龍のとりなしに命を救われたのだということがわかっているのかいないのか、氷河と同じ顔をした男は、本気になりかけている瞬を興味深げに見おろしながら、初めて自分の名を名乗った。 「不比等。不本意ながら苗字は城戸だ」 「等しく比べ不る者とは、また大袈裟な名前をつけたものだ」 「だが、事実だ」 傲然と、彼は言い切った。 |