「いけ好かねー。氷河も可愛げねー奴だけど、その100倍も可愛くない!」 財団の外のつまらぬ用事ではなく、財団内の重要な用事で、彼は相当に多忙のようだった。 仕事の合間をぬって、わざわざ氷河の許に出向いてきたというのも事実だったらしい。 名を名乗った途端に、玄関の扉の外で控えていたセクレタリーらしい年配の男に次のスケジュールを告げられて、彼は渋面を作りながら、玄関前につけられていた車に乗って、いずこかに姿を消してしまった。 あっけにとられている瞬たちの中で、いちばん最初に我に返ったのは星矢だった。 少し遅れて、紫龍も落ち着きを取り戻す。 「車の運転手がシークレットサービスを兼ねているようだった。彼が、グラードでそれなりの重要人物なのは事実のようだな」 「シークレットサービスだぁ !? 自分の身も自分で守れねーのかよ、氷河のクローンが!」 「それなりにデキそうだったがな。身体は鍛えてあったぞ、一般人にしては」 紫龍が氷河の偽者を褒めるのが、星矢は気に入らなかったらしい。 が、紫龍の言うことは事実だっただけに突っかかりようもなく、仕方がないので、星矢は、自分の怒りの矛先を氷河に向けた。 「氷河、おまえ、黙ってないで何とか言ったらどーなんだ! あんな奴にコピー呼ばわりされて、おまえ、平気なのかよ !? 」 「星矢。生き別れの兄と会ったのとは訳が違うんだ。こういう場合の一般的反応なんてものは──」 「俺は別に、感動の涙しろなんて言ってねーよ!」 星矢はすっかりふてくされ、唇を尖らせて横を向いてしまった。 が、肝心の氷河の反応は、至って緩慢かつ鈍重である。 「俺は別に……。瞬、おまえ、あーゆーの好みか?」 「顔だけっ! 他は好きになれないっ!」 瞬はまだ、先程の“本気”を引きずっているようだった。 不快極まりないといった口調で、嫌悪の気持ちを隠そうともしない。 滅多にないこと──ではあった。 「なら、いい」 氷河が、あっさりと頷く。 つむじを曲げて横を向いていた星矢は、呆れた顔になって、氷河の上に視線を戻してきた。 「おまえなー、おまえの存在意義って、そーゆーとこにあんのか?」 しばし考え込んでから、氷河が、 「そうらしい」 と、端的に答える。 その答えに、星矢は気の抜けた顔になった。 当人が何も感じていないというのに、周囲の人間たちがいきり立っても仕様がない。 「ま、いいじゃないか。ここで、クローンの存在意義はどうだこうだと悩み出されても困る」 「氷河が気にしてないのならいいけどさー……。ほら、客観的に見たら、確かにあの男の方がおまえより恵まれて……んにゃ、2割方いい男だっただろ。色々不安や不満もあるんじゃないかと思っただけだしさー……」 自分の言葉が人にもたらす感情を慮ることなく、いつも言いたいことを言いまくっている星矢が、氷河を気遣って、言葉を選び直す。 再選択した言葉が適切なものだったのかどうかはともかくとして、瞬は、星矢の気遣いが嬉しかった。 「……星矢、ありがと」 「? 何がだよ?」 「氷河のこと気にかけてくれて」 「別にー、こんなんでも一応仲間だし」 「……『こんなんでも』は余計だけど、でも、ありがと」 瞬に真顔で礼を言われて照れてしまった星矢が、あらぬ方へと視線を泳がす。 そこに、横から紫龍が口を挟んできた。 「なぜ瞬が礼を言う」 「え?」 問われた瞬が困惑する様を楽しそうに眺めている紫龍に、星矢は顔をしかめた。 「紫龍、変なとこで意地が悪いのな。氷河のコピーみたいになるぞ」 「コピーなのは……」 星矢に反駁しようとして、だが、紫龍はその先を言葉にするをやめた。 突然現れた氷河とそっくりな男が何者であったにしても、自分たちにとって、コピーなのは、あの冷めた目をした男の方なのだということに思い至って──。 |