例えではなく本当に、自分の身体が真っ二つに引き裂かれてしまうのではないかと思うほどの怖れを伴った歓喜の余韻が少しずつ退いていき、なんとか声を出せるようになると、瞬は、自分の隣に仰臥している氷河に尋ねた。

「でも、本当に気にならないものなの?」
「何が」

自分という存在が一つではない──瞬にしてみれば、それは途轍もない異常事態だった。
それが自分だったらどうするのだろうと考えてみようとしても、瞬には、そんな場面を想像することさえできなかった。

それほどの大事だと思うのに、氷河はまるで動じた様子を見せない。
いつも通りに、まるで何事もなかったかのように、氷河は、瞬をベッドに誘い入れ、愛撫し、刺し貫き、離れた。

自分では想像できない事態なだけになおさら、瞬は不安だったのである。
氷河の無表情など、信用できるものではないのだ。

「こういう時って、もっと驚くものじゃないの? それに、氷河のお母さんが……」
上目使いに氷河を見上げると、彼と視線が合った。

一度だけゆっくりと瞬きをした氷河が、横になったままで軽く首を横に振る。
「俺の母親は、俺のために氷の海に沈んでいったあの女性だけだし、俺は、今の自分の境遇に不満はない。あの男のようになりたいとも思わない」

「でも、自分の本当の親とか……」
「実の親が悪い遺伝病でも抱えてて、それが俺に遺伝してる可能性があるというのなら話は別だが、優秀な遺伝子なのなら気にする必要はあるまい」

「…………」
普通なら気になるものだと思う。
気にならないはずがないと、瞬は思った。
だが、自分がそんなことを気にすることが許せないほどに──氷河の中では、氷の海に沈んでいるあの女性の存在が大きいのだろう。

「うん……。僕、マザコンでも氷河が好きだよ」
小さく笑いながら、瞬は氷河の腕に額を押し付けていった。

「俺はマザコンじゃない」
即座に、訂正要求が提出される。

「そうなの?」
「──彼女に愛してもらったし、彼女を愛しているし、そう、人の愛し方も教えてもらったな。感謝している」
「…………」
確かに、彼女は愛すべき女性だったのだろう、氷河にとって。

焼きもちなど焼いても何にもならない。
瞬は微苦笑して、頷いた。
「……大切な人のために命を捨てられるのは美しい行為だと思うけど、でも、できるだけ、生きててね。僕が泣くから」

「……そういう愛し方はおまえに教えてもらった」

氷河の右の腕が瞬の左の腕を引き寄せる。
氷河の上で彼のキスを受け止めながら、手の早さというものも遺伝子に由来するものなのだろうかと、瞬は、馬鹿げたことを考えていた。






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