財団の重要な用事で多忙なはずの男は、しかし、翌日もまた氷河の許にやってきた。 彼は、どうやら本気で、氷河を自分のパートナーに仕立てあげようとしているらしかった。 「こんなところに、私と同じ遺伝子を持った者がいるのは、才能の無駄遣い、飼い殺しと同じだ」 「ここは、俺にとっては“こんなところ”じゃない」 「意地を張るのはよせ。不満なはずだ。自分の能力を生かせない場所で生きているのは」 不比等の傲岸な物言いに、日頃温和で売っている瞬は、今日も本気の一歩手前だった。 「どうして、あなたにそんなことが言えるの!」 「これは私と同じものだぞ」 「氷河をこれ呼ばわりしないでください。氷河はあなたじゃないんです。クローンだか何だか知らないけど、氷河とあなたは別の個人なんだから!」 「別の?」 「そうでしょう !? 全く別の人間でしょう? 価値観だって違うはずだもの! あなたにとって価値のあるものが、氷河にも価値あるものだとは限らないでしょう!」 ほぼ本気に近い瞬の前にあっては、紫龍も星矢も、そして氷河でさえも出る幕がない。 「価値観、ね。で、氷河の大切なものというのは君というわけか」 「僕の大切な人が氷河なんです! 氷河とそっくりだって、あなたは氷河をコピー呼ばわりする無礼者ですっ!」 「私を無礼とは。私は氷河のオリジナルとして当然のことしか口にしていないつもりだが」 「氷河は氷河で、氷河自身のオリジナルですっ! 僕にとっては、あなたの方が氷河の粗悪コピーだ……っ!」 瞳に悔し涙をにじませて粗悪コピーを睨みつける瞬に、睨みつけられたコピー品は目を細めた。 ここに至って、ようやく、氷河が口を挟んでくる。 「瞬、やめろ」 「氷河……だって……」 「これ以上、おまえが何か言うと、俺が浮かれて図に乗る」 瞬を制止する氷河の瞳は、その言葉通り、嬉しそうに笑っていた。 瞬の憤りは、それで、今度は彼にとってのオリジナルの方に向けられることになった。 「ぼ……僕がこんなに真剣に怒ってるのに、なに、にやついてるのっ!」 「だから、これ以上何も言うなと言っている。浮かれて踊りだしてしまいそうだ」 「死ぬまで踊ってればっ」 「それもいいな」 他に並ぶものがない――という名の男は、自分のコピーとその“大切なもの”の痴話喧嘩の様に、なぜか辛そうな眼差しを向けていた。 怒りのために興奮気味の瞬の肩を抑えるように抱き寄せて、氷河が、彼のオリジナルに向き直る。 「貴様が俺を、貴様に言わせれば哀れな境遇から救いだそうとして、ここに来たと言うのなら、その気遣いは無用だ。俺は今、十分幸せだからな。帰ってくれないか」 「私はおまえのためを思って……」 「……おまえが俺の力を必要とする時には呼んでくれ。いくらでも力になる」 「…………」 (……氷河……?) 瞬には、氷河が何を言っているのか、理解できなかったのである。 認めたくはないが、確かに、氷河の仲間以外の者の目から見た時、氷河と不比等では、不比等の方が社会的に恵まれた立場にある。 今の氷河には社会的な地位も権力もない。 彼にあるのは、彼を戦友と認める仲間たちだけなのだ。 その恵まれた“オリジナル”に対して、“コピー”が、どう力になれるというのだろう。 氷河のオリジナルは、しかし、コピーのその言葉に何の反駁を加えるでもなく、無言で瞬たちの前から立ち去っていった。 |