氷河のオリジナルに『重要な話がある』と呼び出された瞬が、ひとり彼の許に向かったのは、ただ単に――彼に一言言ってやりたいことがあったからだった。

『もう、氷河の前に現れるな』と。

クローンとそのオリジナルの間に、肉親の情などというものが存在するのかどうかはわからない。
だが、瞬には、不比等が、氷河が望んでもいない道に彼を誘い込もうとするのは間違ったことに思われたし、何より瞬自身がそんなことを望んでいなかったのである。

不比等が瞬を呼びつけた場所は、グラード財団のゲノムラボラトリー――遺伝子研究所――だった。

瞬は、そのゲノムラボの奥まった区画にある一室に招き入れられた。
白い壁に囲まれた広い部屋の中央に、大きな銀色の箱が棺のように置かれている。

その棺の蓋を開け、その中にあるものを指し示して、彼は瞬に尋ねてきた。
「これが何かわかるか」

彼が指し示したものは、窒素の充満したジェラルミン製の冷凍庫の中で保存されている直径2センチほどのシャーレの列だった。
瞬が何も答えずにいると、彼は、どこか自嘲の気味のある口調で吐き出すように告げた。

「私と氷河の素だ」
「…………」

彼の言葉が事実なら、彼が生まれた時に――あるいはそれ以降にも――彼の体細胞は、相当数の未受精卵に核移植され、ずっと保管されていたものらしい。
このシャーレの中身が、それ相応の電気ショックを与えられ続けるか、さもなくば、いずれかの女性の子宮に収められれば、彼と同じ遺伝子を持ったクローンが幾人も生まれることになる──のだろう。

その様を想像して、瞬は、なぜかぞっとした。






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