「私の何が気に入らない。氷河も私も同じものだ。どこも何も変わらない。しかも、身体という入れ物以外の部分では、氷河より私の方がずっと恵まれている」

不比等が、自分の方が氷河よりも優位にいると告げる言葉を口にしなかったら、瞬は混乱したまま、彼に抱きすくめられてしまっていたかもしれない。
彼の言葉で、瞬の混乱はすぐに消散した。

「同じなんかじゃないっ! 氷河は少なくとも、あなたみたいに間違った自尊心には支配されてないよっ!」
絡みついてくる不比等の腕を振り払い、瞬は叫んでいた。

が、氷河のオリジナルだと名乗る男は、まるで何かに憑かれてでもいるかのように、瞬に向かって腕をのばしてくる。

「氷河の許には帰さない」
「あなた、氷河より頭悪いみたい。僕は聖闘士だと言っ……」
「帰さない」


――それは、決して小宇宙ではなかった。
だが、彼には、小宇宙ではない鬼気迫るものが――恐ろしく威圧的で強靭な意思の力が――備わっていて、瞬はその力に動きを封じられ、金縛りにあったように身動きがとれなくなった。






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その力にも、瞬は憶えがあった。
成長して、日本で、氷河に再会した時、氷河がその瞳の奥にたぎらせていた、何かを求める力。

別個の存在のはずなのに、確かに、氷河と不比等には、何か同じ種類の力が備わっているようだった。
あるいは、それは──二人がオリジナルとそのクローンだということとは関わりなく、大切なものを失ってしまった人間に共通する何かだったのかもしれないが。

いずれにしても、その不可思議な力に押されるように研究室の白い壁際に追い詰められて、瞬は気を失いそうになっていた。

不比等の手が瞬の首筋に触れる。
抵抗する力を奮い起こすこともできず、そのままその場に崩れ落ちそうになった瞬の身体を受け止めたのは、だが、不比等のそれではなく氷河の腕だった。

DNA保管室のドアの開く音と同時に、氷河の気配が瞬の許に届けられる。

「氷河……」

ぼんやりした目で自分を抱きとめている男を見上げる瞬を、氷河は小さな舌打ちをして叱りつけた。
「馬鹿か、おまえは! 俺と似たような奴の誘いにほいほい乗っていく奴があるか! 何をされるかぐらい察してもよさそうなもんだ!」

「……どうして、ここが」
「沙織さんが、奴の挙動不審を知らせに――いや、おまえが……呼んだだろう、俺を」

「うん……」

なぜか懐かしさを覚える氷河の腕の感触に、瞬は安堵を覚えていた。
そして、不比等と対峙している間、尋常でない緊張を強いられていた瞬は、緊張の糸が切れるや否や、そのまま氷河の腕の中で意識を失った。






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