──唯一無二のもの。

それを失った時のために、人はクローン技術を発達させてきた。
失った手を、皮膚を、内臓を、作り出すために。
クローン技術には、だが、その大切な唯一無二のものを、唯一のものでなくしてしまうという矛盾が含まれているのだ。



「唯一無二であることの価値か……」
「じゃあ、結局、オリジナルは氷河の方だったわけか……?」

メールを読み終えた紫龍と星矢が、氷河と瞬に尋ねてくる。

瞬は、彼等に答える言葉を作ることができずにいた。

自分が他者のクローンだと知らされた時の氷河の反応の希薄さや無感動を思うと、瞬には不比等の考え方が、あまりに過敏すぎ、あまりに悲観的にすぎるように思われて仕様がなかったのだ。


「ど……どうして、そんなふうに考えるの! 氷河とあの人は全然別の人じゃない。氷河もあの人も唯一無二の存在でしょ。氷河はあんなに嫌味じゃないもの。器はおんなじでも、誰も氷河とあの人を同じものだなんて思わないのに……!」

瞬は、怒りをぶつけるべき相手を見い出せないことに苛立っていた
そんな瞬をなだめるように、氷河が静かに口を開く。

「……本音を言うと」

パソコンの電源を落とし、氷河は掛けていた椅子の背もたれに両の肩を預けた。

「初めて、奴を見た時、俺は自分が消えてしまったような錯覚を覚えた」
「氷河……?」

「俺は、おまえを見て――星矢たちを見て、確かに自分が存在することを思いだせたがな。そういう存在が、奴にはいなかったんだろう」
「氷河……」

自分のクローンに出会うなどという稀有な事態に直面したというのに、氷河は、まるで驚愕した様子を見せなかった。
瞬は、そんな氷河が不思議でもあった。
が、実際には、彼は彼で彼なりに動揺していたものらしい。

それはそうだろう。
へたをすると、それは、自分の存在理由が失われてしまう事態なのである。

「クローンでもコピーでも何でも、誰かにとって自分が唯一無二だと思うことができれば、人は生きていけるものだと思うがな」

クローンでなくても、遺伝学的にオリジナルな存在だったとしても、そう思ってくれる人がただの一人もいなかったら、その人間には存在することの価値がないのかもしれない。
そして、不比等の周囲には、彼を唯一無二の存在だと思ってくれいる人間が、もしかしたら一人もいなかったのかもしれない。
だからこそ、彼は動揺し、こんな馬鹿げた事件を引き起こしたのかもしれなかった。

人は、自分一人が存在するだけでは、唯一無二の自分にはなれない。
自分以外の誰かに、唯一無二の存在にしてもらうのだ。


氷河と瞬は、そんな仲間たちに恵まれていた。
恵まれていることに、瞬は微かな罪悪感を覚えた。
「僕、あの人にひどいこと言いすぎたかもしれない……。僕はただ……」

『氷河を守りたかったんだ』
──と、言葉にしなくても、わかってくれる仲間たち。

彼等がそこに存在してくれることに、瞬は今更ながらにしみじみと感謝の念を抱いた。






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