瞬は、結局、“嫁ぎ先”の家風に慣れるためと言って、住み慣れた城戸の家を出た。
そして、普通の人間なら男でも躊躇するような極北の地に、身ひとつでやってきた。


瞬にその決意を告げられた時、瞬の父は、
「それがおまえの幸せだというのなら、私は構わないぞ」
と言って、送り出してくれた。


いつか本当のことを言える日が来るだろうと思う。
瞬の父が瞬の父なりに――おそらくは心底から――瞬の幸福を願っていることだけは事実なのだ。


誰も瞬を知らないシベリアの地で、瞬は瞬らしさを取り戻しつつある。

氷河は、瞬の全力での駆けっこや秘密基地ごっこに付き合わされ、奇想天外な“新婚生活”を送ることになった。
が、その日々は、氷河にはひどく楽しいものだった。
なにしろ、氷河は、絶滅危惧種のヤマトナデシコを手に入れることのできた、世にも幸運な男なのである。

北の国に短い夏が訪れたら、瞬を海水浴に連れて行ってやろうと思っている。
その時には、別の意味で瞬を隠しておきたいと考えるかもしれなかったが。


「氷河様―っっ !! ソリ遊びしようよーっ!」

氷河は今、瞬の言葉使いからなかなか抜けてくれない『氷河“様”』をどうにかすべきか否かを思案中である。



シベリアに、春がこようとしていた。





Fin.







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