『死んでいるのなら死ね』と氷河に言うことは、紫龍にはできなかった。 そもそも死の定義とは何なのだろう。 精神の活動があるものを──感情があり、人を愛してさえいる者を──死んでいると言ってしまうことに、紫龍は躊躇を覚えていた。 「できるわけがない」 紫龍の代わりに、氷河が答えを提示する。 それから、彼は、僅かに自嘲気味な笑みを口許に刻んだ。 「そうだな。そういう意味では、真の吸血鬼は瞬の方なのかもしれない。瞬のために、俺は──死ねないんだ」 氷河の声音が少し、初めて沈んだそれになる。 ワラキア公、ヴラド・ツェペシ。 国を追われ、臣に裏切られて迎えた、野望の断念と非業の死。 その無念と恨みが、肉体の消滅程度のことで消え去るはずがないと民衆に信じられ、バルカンの悪魔・吸血鬼に仕立てあげられた男。 彼と氷河は全く違う。 ヴラドは、その残虐と強さと非業の死とで、伝説の吸血鬼に成り果てた。 だが、氷河を吸血鬼たらしめているものは、ただ、互いに必要とし必要とされている二人の人間の──愛と呼ぶしかないものなのだろう。 氷河を生かし続けているものは、血でもなく、他人の生命エネルギーでもなく、ただ瞬の愛情と瞬への愛情だけなのだ。 氷河は、瞬に与えられたものを返し続けているだけなのかもしれない。 氷河が瞬に与えられたものは、あまりに大きすぎて、どんなにしても返しきれないものなのかもしれない。 少なくとも、氷河はそう思っている――のだ。 だから、彼は、人の精気を盗みとって生き続ける化け物になっても、自身の存在を消し去ることができずにいるのだろう。 これは、怪異な悲劇などではなく、ただ、愛されすぎた男が愛しすぎているだけのことなのかもしれなかった。 氷河は、他人の生命力を奪って自身が生き続けていることに、罪悪感を抱いていないわけではないようだった。 自身の生が、他の人間と異質なものだということに全く苦悩していないわけでもないらしい。 だが、氷河は、それ以上に幸せそうだった。 紫龍の目には、そう見えた。 |