瞬には信じ難かったカミュの“栗きんとん目的の来日説”は、どうやら真実のようだった。
氷河の言葉通り、水と氷の軽業師は、女神への挨拶をそこそこに切り上げると、さっさと場を城戸邸のダイニングルームに移してしまったのである。

「お女中。私はカマボコや鯛はあまり食さない。栗きんとん、伊達巻き、煮豆あたりをメインに運んできてくれたまえ。それから、餅は、できれば雑煮ではなく、ぜんざいで食したい。餅は軟らかめに頼む」

図々しいオーダーを済ませると、氷河の師匠は、先にテーブルの上に用意されていた屠蘇を、手酌で朱色の杯に注いだ。

それから、ふと気付いたように、テーブルの前に立っていた瞬に、これまた真顔で尋ねてくる。
「あー、なんだ。アンドロメダ。君は振袖とやらは着ないのか」
「振袖なんて持っていません」
「なんだ。着飾った君に酌でもしてもらおうと思ったのに」

その言葉で、それでなくても切れやすくできている氷河の堪忍袋の緒が、あっさりとブチ切れる。
「カミュ! 貴様、図々しいにも程があるぞ! 貴様の常識外れの言動で笑われるのは、貴様の弟子であるこの俺なんだ! わかっているのかっ !? 」

氷河が他人の常識を云々できる資格を持っているとは思えなかったが、それを平気でやってのけるからこそ、この師弟は非常識で名を売っているに違いない。

「不肖の弟子を心配して、新年早々、こんな極東の国までやってきた心優しい師に向かって、貴様呼ばわりか、氷河」
「貴様は、ただ単に、栗きんとんを食いたかっただけだろーが!」
「この美味は、ギリシャにもフランスにもシベリアにもないのだから、仕方あるまい。日本でも、レストランでは食せないようだし、おまけにかなり高価だ」
「だからってなーっっ !! 」

氷河の怒声も、カミュには爽やかな風のようなものらしい。
新年の清風を涼しい顔で受け流すと、彼は、給仕のためにテーブルの脇に控えていたメイドの一人に、極めてにこやかに、
「お女中。栗きんとんはまだかな?」
と、料理を催促した。






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